ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
 彼の力が緩んだ隙を見て、小走りで玄関へ向かった。
 靴を履いてドアへ手を伸ばしたところで、後ろから声がした。

「すまない。黙って大使館に連れて行ったことは謝る。本当に悪かった」

 彼が頭を下げるのが気配でわかるが、振り向くことができない。

「だけど、向かないなんてことはない。あの場のきみは周りの誰にも引けを取らないくらい輝いていたよ」

 そんなことない。櫂人さんの隣には、きれいで優秀で、自信に満ちあふれた人がふさわしい。そう、北山さんのような。

「きみがなにを考えているのかなんとなくわかる。だけどあえて言わせてほしい。俺はきみに、さやかにそばにいてほしいんだ」

 苦しげな声に胸がきつく締めつけられた。今すぐ目の前のドアを開けてここから逃げなければ。そう思うのに、指一本も動かせない。

「さっき、きみが大けがをしたと思ったときにはっきりとわかった。きみになにかあったら俺は生きていけない。俺は今でもきみのことが」
「もうやめて!」

 彼の言葉をさえぎるように声を上げていた。

「私はあなたのそばにはいられません」

 目を見開いている彼に思い切って告げる。

「借金があるの。祖父と一緒に店をやっていた叔父がいなくなって……今は返済のことしか考えられない」

 私が祖父や店を捨てられないと知れば、もうこれ以上私にかかわらない方がいいと思うはずだ。

「私には守るべきものがあるんです。店と家族。そしてなにより拓翔を、命より大事なあの子のことを守るために生きていく」

 私には大事なものをたくさん持てるほどの力も器用さもない。だから本当に守りたいものだけを両腕でしっかりと抱えて生きていく。それが拓翔を産むと決めたときに心に誓ったことだ。

「だからあなたのことは一番にできない。もう私に構わないでください」

 彼の腕を振り払い、ドアを開けた。

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