ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
 ばたん、とドアが閉まる音と同時に、低くうなるような声が聞こえてきた。

「残酷だな」
 
 見開いた視界がライトブルーのシャツで埋まっている。自分が彼の腕の中にいることに気がついた。
 外に出ようとしたギリギリのところで、彼の腕に捕らえられたのだ。

「店も家族も守りたいと思う気持ちはわかる。きみがどれだけ拓翔君のことを大事に思っているかも」
「なら!」
「だけどそれが俺と一緒にいられない一番の理由なのか? 本当は亡くなったご主人をまだ愛している。それを直接言わなかったのはきみの優しさであり、残酷さだ」
「……っ」

 彼の言う通りだ。頭のいい櫂人さんなら、子どもが一番だと言われば、きっと頭が冷えるはずと思った。

 彼にとって拓翔は〝他人の子〟だ。拓翔の父親を、〝他の男〟を忘れられないと思ってくれればいい。自分に見向きもしない私のことなんて見限ってしまえばいい。

 背中に回された腕がほどかれる。望んだことのはずなのに胸が苦しい。

 目の前の温かくて大きな胸に縋りついて、〝ずっとあなただけを愛しています〟と叫べたらどんなにいいだろう。

 ただ唇を噛みしめていると、彼の手が私の両手を包み込んだ。

「でもそれでいい。もう二度ときみを手離すのは嫌だ。他の男を愛したままでいいから、そばにいてほしい」

 ひゅっと喉が音を立てる。彼は握った手をじっと見つめた。

「こんなにか細い手で一生懸命に拓翔君や店を守ろうとしているきみのことが、心の底からいとおしい。きみをこの手で守りたい。もう誰にも渡したくない」

 決意の固さを伝えるように、握った手に力を込められる。その手と同じくらい力強い彼の瞳にくぎ付けになる。

「きみだけじゃない、拓翔君のこともだ。きみ達が宝物のようにいとしく思えて仕方がない。『俺の子だったら』と何度思ったことか」
「それは……っ」

 急いで否定しようとしたが、彼の方が早かった。

「だけど血のつながりなんてなくてもいい。拓翔君もお店も、きみが大事にしているものすべてを俺も大事にしたい。守りたいんだ」

 ずん、と胸の真ん中に太い杭を打たれたような衝撃が走った。
< 65 / 93 >

この作品をシェア

pagetop