見つけたダイヤは最後の恋~溺愛は永遠の恋人だけ~
「あの、ですね…さっき…単身赴任でこっちにいる旦那の家に行ったら……浮気していて……その相手が……私の親友…で…」


話し始めた途端、それまで止んでた涙がとめどなく溢れてきて、それを放置したまま話していたら、九十九さんが私の隣に座って、また抱き締めてくれた。

「ごめん、乃愛ちゃん…そんな辛いことがあったなんて…ほんとごめん」

「いえ…九十九さんは何も悪くないです。…それで…」

「いいよもう、無理しなくて」

「いえ…迷惑かもしれないですけど…聞いてほしいんです…」

「…そう……じゃあ聞くね」

と、腕の中から私の体を解放してくれた。

「ありがとうございます。…それで…旦那と親友が私の事を『豚』だと言ってて」

「…は?豚?乃愛ちゃんを?どこが?はぁ?」

「私、半年くらい前に倒れちゃって……それで医者に太れと言われて…5kgくらい太ったんです。でも二人は今の私を見てないのに……電話で親友に、太ったんだ…って話しただけなのに……」

「え?それは今の乃愛ちゃんが太ってるってこと?」

「はい、もう結構太りました…」

「……ちょっと待って。え、今でもちょっと細いくらいじゃない?…あのさ、乃愛ちゃんの痩せてた頃の写真、あれば見せてもらえない?」

「え、あ…はい…いいですけど」

何でだろう…真剣…ていうより怖い顔…興味本位ではなさそうだし、見せてもいいかな。

1年前の写真をスマホで見せた。
「こんな感じでしたけど…」

九十九さんが一瞬目を見開いた。
「ちょ…っとさぁ…痩せすぎじゃないかな…これ」

「え?そうですか?」

「うん…体力とか…免疫落ちるよ…」

「…確かにその頃は体調を崩しがちでしたけど…」

「無理してたでしょ。食事とか減らして」

「何でわかるんですか?」

「てかさ、何?旦那の趣味?」

「あ、そうですね、細いのが好きみたいですけど」

「…それで乃愛ちゃんは無理してたの?…倒れた原因だってそこからかもよ。まぁ俺は医者じゃないし何とも言えないけど」

無理…してたのかな…
あの頃は宏哉が喜んでくれるから痩せるのも苦じゃなかったけど…

宏哉は私の外見だけだったのかな…
太ったら浮気…だもんね…

はぁ……

俯いてたら九十九さんにポンポンと頭を撫でられた。

「乃愛ちゃんはどうしたい…?」

「…ん……前から…もし浮気してたらどうしようって考えてはいたんですけど…まだ自分でもどうしたいのかわからなくて…」

「そっか……そうだよな…そう簡単な話じゃないもんな」




「…でも…見返したいな…」


「え?」



あれ?何だろう。

〝見返したい〞って言葉を発したら、その思いが一気にボワッと燃え上がった。

「…見返したい!痩せて、綺麗になって、豚って言った宏哉を見返してやりたい!」


「ふっ…あははは!乃愛ちゃんて強いんだね」


「…いえ、強くないです…全然……さっきまで本当にどん底で…自分の命さえ惜しくない位でしたから。…でも今…〝見返したい〞って急にそう思っちゃって」

本当に不思議。
何気なく自分の発した言葉にここまで勢いづくなんて。


「そっか。じゃあさ、俺のとこに通っておいでよ、スポーツクラブ。俺が担当して健康で綺麗なカラダを作り上げてみせるよ」

「あっ…そのお気持ちはありがたいんですけど…私、こっちの人間じゃないんです。長野在住なんです」

「長野?…そっか…長野のどこ?」

普段ならこんなプライベートな質問はスルーするのに、九十九さんには素直に答えてた。

「あぁ、そしたらそこにもうちの店あるから、そこに来なよ。今、全国の店舗でキャンペーンやってて、それだとご新規さんなら安く始められるから。ってただの勧誘に聞こえちゃうか。…でも俺、乃愛ちゃんのこと応援したいんだ。何ならその期間分の金を俺が出してもいいから」

真面目な顔でそう話す九十九さんに少し心がほころんだ。

「ふふっ、ありがとうございます。私、やりたいです。長野のクラブの方に入会して、体を変えたいです!もちろんお金も自分で出しますから大丈夫です」

九十九さんの言葉に背中を押された。
スポーツクラブとかフィットネスジムって興味がなかったのに、今はやる気が湧いてくる。

これがただの勧誘だったとしてもいい。
私にとって、大きな転機になったのは間違いのないことだから。



「…乃愛ちゃんが元気になって良かった」

九十九さんが優しい微笑みで、そう言ってくれた。


「あ…」

ほんとだ。
私、あんなに生きる気力を失ってたのに…

「お話できたのが九十九さんで本当によかったです。ありがとうございます」

私、自然と笑顔でお礼が言えた。

「うん、俺も乃愛ちゃんと話せてよかったって思ってる。あ、向こうのクラブ行ったら、俺の名刺を見せといて。話が通じるようにしとくから。…もし、やっぱやーめた、って思っちゃったら俺の名刺の方に電話してくれればいいから」

「ありがとうございます。絶対に行きますから電話はしませんよ、きっと」

「用がなくても俺に電話してくれていいからね」

「あはは、ありがとうございます。でもそれは何か…よくない事ですよね?」

「ふっ、そうだね。人の奥さんにそんな事を言っちゃダメだよな」

「そうですよ。私は旦那とは違うので、そういうことはしませんから」

「はは、そうだな」

九十九さんがお会計をしてくれて、私を近くの漫画喫茶に連れていってくれた。

「ほんとにホテルじゃなくていいの?」

「大丈夫です、漫画喫茶なら使ったことあるので」

「そっか。じゃあ…乃愛ちゃん、俺はここで。明日、気をつけて帰るんだよ」

「はい、本当にありがとうございました。九十九さんに会えてよかったです」


「はは…何かこのまま別れるのが寂しいな…」

九十九さんが、少し俯きながら呟いた。


「何言ってるんですか、九十九さん」

…でもちょっと私も思ってた。
話してて楽しかったから。
きっと聞き上手で話し上手なんだろうな。
大人だし、インストラクターさんだし。


「…そうだな…そうだよな、変なこと言ってごめんな!」

少し考える素振りを見せた後、さっきの九十九さんから打って変わってカラッと笑った。

「じゃあまたね、頑張れよ!乃愛ちゃん」

「はい!ありがとうございました」

そして私は漫画喫茶に入って夜を明かした。

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