突然、お狐様との同居がはじまりました

第六話 明かされる秘密




『もしもーし、蘭ちゃん? 俺だよ俺』

「詐欺ですね? 切りますよ」

「ちょ、冗談だって――――」



 いとこの涼太が泊まりに来る前日の夜。


 蘭の携帯には、先輩の廻から着信があった。


 開口一番、詐欺まがいの言葉に蘭は思わず通話を切った。まぁ、そんな事をしても、またすぐに電話がかかってくるのだが……。



「はぁ……。先輩、次したら本当に切りますよ」

『いやさっき本当に切られてけどね? って、まぁそれより。いとこくんが泊まりに来るって本当ー?』

「ど、どどどうしてそれをっ!?」

「ふふっ。それは、秘密」



 語尾にハートがついていそうな弾んだ声音に、蘭はただただ恐怖でしかない。



「変態……、ストーカー……」

「待って待って、本当に犯罪者になっちゃうじゃん俺。うーん、まだ言いたくないっていうか。また今度教えるよ」

「……一応聞きますけど、本当に犯罪じみた行為はしてませんよね?」

「それはもちろん。で、いとこくんが泊まりに来るんだよね? きゃー、甘酸っぱ〜い」



 想定外のリアクションに「何がですかっ!?」と慌てる蘭。



「だって、年頃の男女が一つ屋根の下! こりゃ、何も無い方がおかしいでしょー」

「涼太とはそんなんじゃ無いですって!」

「へぇー、りょうたくんっていうんだ」

「……先輩、やっぱり詐欺師ですね?」

「んー? ……とにかく、何かあったら教えてよ! 面白そ――いや蘭ちゃんが心配だからね、いとこくんに襲われたらすぐ駆けつけるよ」

「先輩、私の家知らないでしょ?」

「…………」

「――――え、本当に知りませんよね?? 私、住所教えてないですよ!?」

「蘭ちゃん。案外、世の中ってのは狭いんだよ」

「どういう――――あぁっ! 切られた……」


(え……、怖すぎる)
(明日涼太が家に来るよりも、先輩の情報網の方が怖いっ!!)





◇◇◇◇◇


 そして迎えた、涼太が泊まりに来る当日。



「どうしよう、もうすぐ涼太来ちゃうよ……どうしようっ!」



 蘭はぐるぐると同じ所を歩いては立ち止まり、頭を抱えていた。



「翡翠――って何、お茶飲んでのんびりしてるの!」

「俺には関係無いからな」

「と、とにかくいつも通りでいいけど、涼太が見てるところでは私喋れないんだから、澪緒ちゃんの事よろしくね?」

「放っておけ、澪緒もどこかに遊びに――」

「呼んだ?」



 声がした方を向けば、ぬっ、とテーブルの下から顔だけを出し若干ホラーチックな登場をした澪緒。



「なぜ帰ってきた、まだ遊んでいればいいものを」

「蘭のいとこ来るから。涼太、あたし知ってるー」

「そっか……、涼太も昔よくこの家に遊びに来てたから、澪緒ちゃんも見たことあるんだ?」

「久しぶりに会える、澪緒嬉しい」



 少しだけ微笑んだ澪緒を蘭は「澪緒ちゃん可愛いっ!」と言い、ぎゅうと抱きしめた。



「澪緒、可愛いーの。蘭も可愛いよ!」

「ありがとう!! なんて良い子っ、癒される……」



 呆れた顔で二人を見ていた翡翠は、ピクリと耳を動かし「蘭、お出ましだぞ」と言った。



 少ししてから、ピンポーンとチャイムが鳴った。



「き、来たっ……!」

「涼太、来た? 迎え行くーー」

「あっ、澪緒ちゃんっ!?」



 しゅぱぱぱっと、軽快な足取りで玄関に向かった澪緒。


 慌てて蘭も追いかける。


 澪緒は扉に手をかけ、勢いよくガララッと開けた。



「待って、澪緒ちゃ――!!」

「うお、……いつからここは自動ドアに――」

「!?」



 澪緒は扉を開けた後、サッと横に移動し「ふふ、澪緒が開けたのよ。えっへん」と自慢気だ。しかし、走って追いかけてきた蘭の勢いは、なかった事には出来ない。


 扉が勝手に開き、びっくりしている涼太へ蘭は激突した。


 突然の事に、蘭の下敷きになった涼太。



「あはは――――、ようこそ?」

「……随分と手荒な歓迎じゃねーか」

「ふんぐっ!」



 眉間に皺を寄せた涼太に、ぎゅむっと鼻を摘まれた蘭。


 はたして蘭は一泊する涼太を無事、やり過ごす事が出来るのだろうか……。





◇◇◇◇◇


 「ねーねー、涼太」



 とりあえず家に上がってもらい、涼太を居間へと案内する。廊下を歩いている涼太に澪緒はずっと張り付き声をかけるが、見えていないため返事がない。



「ねぇってばー、澪緒の声聞こえないの? やーい、おバカ!」

「こら、澪緒ちゃんっ」



 小声で蘭は澪緒を注意する。



「だって涼太、あたしが見えてないんだもーん。蘭はまた見えるようになったのにぃ」

「澪緒ちゃん、涼太は――」



(……ん? 今、澪緒ちゃん『また』って言った?)



「ちぇー。涼太のせいで蘭に怒られたー! えいっ、えいっ。ふふ、くやしいでしょー? 涼太」



 ぽこぽこと涼太の足を叩く澪緒。



「あぁ」

「!?」



(まさか、澪緒ちゃんの声が聞こえた!?)



「そうだ蘭。これ、適当に食って」



 涼太は背負っていたリュックから和菓子屋の袋を取り出し、蘭へ渡した。



「苺大福。……お前、昔好きだったろ」

「! あり、がとう……」



(良かった……。澪緒ちゃんの声が聞こえた訳じゃなさそう?)
(あれ、そういえば翡翠は――――なっ!?)



 翡翠を探し視線をめぐらせれば、どうしてか、今からまさに涼太が通ろうとしている部屋の入り口前に翡翠は佇んでいた。



(あれって、涼太通れるの!? ど、どっち!?)
(と、とりあえず今はそこをどいて翡翠ー!)



 蘭の念が通じたのだろうか。
 翡翠はすっと横にずれ、真横を通る涼太へ視線を向ける。


 翡翠は一瞬、目を見張った。がすぐに、ぎゅっと眉を寄せ不快そうな顔をする。



「? どうしたの、翡翠」

「……なんでもない、お前は茶でも出してやれ。あの、いけ好かない小僧に」



 最後に「とびきり渋いのをな」と付け加えた翡翠。


 するとタイミングよく涼太が「喉乾いた。蘭、飲み物」と、荷物を居間に置き台所へ向かう。



「あ、ちょっと待って!」



 蘭は冷蔵庫を開け中身を確認し「んー、お茶でいい?」と言いながら振り返ると、思ったより近い距離に涼太はいた。



「!!」

「お茶は今、気分じゃない。他は?」



 後ろから覆い被さるような体勢に、蘭はどきりとする。



(こんなに近付く必要あるっ……!?)

 

 ふと視線感じそちらを見れば、澪緒が襖から半身だけを出しニタァと笑っていた。



「蘭、涼太と仲良しー。澪緒知ってる、恋人って言うのー」



(澪緒ちゃんっ、何を言っているのかな!?)



「お、炭酸あんじゃん。蘭は?」



 蘭は、澪緒がパタパタと走り回り「ひゅーひゅー」と言っていて、それどころではない。



「蘭、聞いてんの?」

「わ、私はお茶でいいや。涼太、先座ってて!」

「……ん」



 なんとか澪緒をつかまえて「お願い澪緒ちゃんっ、静かにしてて? 今度たくさん遊んであげるから」と説得し、「じゃあ、お馬さんごっこ3時間で手をうってあげるー」と、確実に腰がやられる、恐怖の約束をとりつけた。


 蘭は飲み物をコップに注ぎ、お盆に置いて居間へと持っていく。



「はい、どうぞ」

「ん。……ところでさ、蘭」

「うん?」

「ずっと聞こうと思ってたんだけど。――――こいつ、誰」



 涼太が指差したのは、机を挟んで向かい側で胡座をかいている翡翠。



「――――うん!?」



 そう、涼太は確かに翡翠を指差している。



「な、なんの事? そこに誰かいるの?」

「はっきり見えてんだけど。とぼけんなよ」



(やっぱり見えてる!! 涼太、翡翠が見えちゃってるよ!!)



「りょ、涼太、見えてるの……?」

「入ってきた時からずっと。あの子供も。お前何も言わねーし」

「! 涼太、あたしが見えてるー?」

「あぁ。お前、さっき俺を馬鹿って呼んだ挙句に叩いたな? 悪いガキにはこうだ」

「きゃー、やめてー!」



 澪緒を膝の上にのせ、脇腹をくすぐる涼太。そんな微笑ましい光景も、今の蘭は冷静に見る事ができない。



(じゃ、じゃあさっきまでのやり取り全部聞こえてたし、見えてたっ――!?)



「蘭よ、こいつは最初から俺達が見えていたが気づかなかったか?」

「わかってたんなら教えてよ!? 翡翠のケチ!」



 言い争いをする蘭と翡翠を見て、涼太はやや不機嫌そうな顔で翡翠にガンを飛ばす。



「……なぁあんた、あやかしだろ? ここで、蘭と一緒に暮らしてんのか」



(! 涼太、あやかしの事も知ってるの?)



「そうだが、何か問題でもあるか? 小僧」



 翡翠は小馬鹿にしたような顔で涼太を見た。


 それに対して涼太は、むすっとした顔で翡翠を見返す。



「そりゃな。あんたが何者か、俺は知らない」

「桜子の旧友で、ここに住んでいるのも桜子からの頼みだ。これで身元がはっきりしたな」

「……いけ好かねー」

「ちょっと二人とも、なんでそんなに険悪なのよ」

「蘭、こいつに何かされたらすぐに言えよ。信用ならねぇからな」

「おかしな事を言うな? 小僧。少なくとも、大事な孫を俺に預けたのはお前の信用する祖母だろうに」



(だから、なんでそんなに二人は険悪なのよーー!!)
 


 喧嘩をするな、という蘭の願いも虚しく。
 二人の険悪さはこの後、昼ごはんを食べている時も変わらず収束することはなかった。



 どっちのおかずが多いだの、どっちがたくさん食べるだの、なんとも子供の争いを繰り広げられ蘭は呆れを通り越して疲れてしまうのだった。





◇◇◇◇◇


「――うおっ!?」 



 夜、風呂場から涼太の驚く声が蘭のいる居間まで響いた。



「涼太!? どうしたのっ」



 涼太の声に驚き、蘭は風呂場へ向かい「開けるよ?」と脱衣所を覗いたが誰もいない。



「……涼太?」



(返事がない。まさか、溺れたとか……)



 血の気が引いた蘭は浴室への扉を勢いよく開ける。浴室は何故か電気が付いておらず、蘭は慌てて電気をつけた。



 ――しかし目に飛び込んできた光景に、毒気を抜かれた蘭。



「――――澪緒ちゃん?」

「蘭、助けてー。涼太、あたしの頭ガッチリ持つのー!」

「逃さねぇぞ、こら」



 浴槽に浸かりながらも、澪緒ちゃんの頭を片手で掴んでいる涼太。



(掴むというか、押さえつけてるっていうか……どう言う状況??)



「何がどうなってるの?」

「ったく。……このガキ、俺が浴槽に浸かった途端、電気を消してわざわざホラー演出したうえで、暗闇から俺を脅かしてきやがった」

「澪緒、座敷わらしですから。えっへん」

「偉くないわ。マジでビビった」

「なんだ……、そんなこと?」

「お前なら泣き叫んでたぞ、多分」



 蘭は暗闇から澪緒が現れるのを想像し、たしかに怖いが泣き叫ぶほどではない……と思いたい。



「とにかく! 涼太が無事でよかったよ。溺れたかと思って心配したんだからね? 澪緒ちゃんも、危ないから今後そんな事しちゃ駄目。わかった?」

「あーい」



 反省しているのか、していないのか。走って浴室を出て行く澪緒を見送り、やれやれ、と蘭は肩をすくめた。



「蘭」

「ん? ――――っ!?」



 涼太に呼ばれ振り向く。
 先程までは気にも留めていなかったが、浴槽に浸かっていても見える上半身にほどよくついた筋肉に目が引かれた。


 運がいいと言うか、たまたま入浴剤を入れているからその下までは見えない。



「――――、一緒に入るか?」


 
 にやりと笑った涼太の顔、濡れた髪をなでつけ露わになった額、首筋を伝う水滴全てがなんとも色っぽい。



「なな何言ってんの!? からかわないでよっ!!」

「ははっ、間に受けるなよ。ほら、はやく出ていってくれなきゃ、いつまでも俺が出られないだろ」

「言われなくてもっ!」



 顔を真っ赤にして出て行く蘭に、しばらく笑いがおさまらない涼太だった。


 
 居間に戻ると蘭の姿を見た翡翠が、興味なさげにしながらも涼太の事を聞いてきた。



「あの小僧は死んでいたか?」

「そんな訳ないでしょ? 澪緒ちゃんが悪戯しただけみたい」

「なんだ。面白くない」

「あのねぇ翡翠……」

「さて、俺は少し散歩にでも行ってくるかな」

「こんな時間に? あっ、ちょっと――」



 すぐに戻る、と言って翡翠は散歩に行ってしまった。




◇◇◇◇◇



 ――――誰もが寝静まる時間。


 眠れない蘭は隣で寝る澪緒を起こさないように、慎重に立ち上がり部屋を出た。



 向かったのは縁側だ。



 縁側に腰かけ、空を見上げる蘭。



(……おばあちゃん、今日は久しぶりに涼太が遊びにきたよ)



 蘭はこうして眠れない日は祖母の事を考え、物思いに耽る。



「……やっぱり4月だと、まだまだ夜は寒いなぁ」



 ぼーっと外を眺め、祖母の桜子との思い出を一つ一つ頭の中で振り返る。



 どれほどたっただろうか。



 ギシッと廊下が鳴りそちらを見れば、片手にブランケットを持っている涼太が居た。



「びっくりした……、眠れないの?」

「お前こそ」



 涼太はあくびをしながら蘭の隣に座った。



「さみぃ……。お前よくここに長時間いれたな」



 そう言われてから蘭は、体がすっかり冷えきっている事に気づいた。



「本当だ……、気づかなかったや」

「ん」

「!!」



 涼太は手に持っていたブランケットを蘭へ雑にかぶせる。


 これは、眠れないため少し夜風にあたろうとしていた涼太が、さすがにまだ夜は寒いだろうと思い、持ってきていたブランケットだ。



「寒いだろ」

「でもこれっ、涼太の……」

「いいからもらっとけ。嫌とか言うなよ」

「……ありがとう。あったかい」



 どちらが喋る訳でもなく、心地よい静寂が訪れた。



「……」

「……」



 隣を見れば、涼太は少し眠そうな顔で星を見ている。パチリと視線が合うと、涼太は口を開いた。



「……蘭」

「ん?」

「これ、やるよ」



 涼太に「手を出せ」と言われ、右手を差し出すとコロンと飴が置かれた。



「これ、私の好きな飴……?」



 驚いて涼太の顔を見れば「知ってる」と少し笑いながら言う。



(――おばあちゃんが亡くなって、葵さんに引き取られてすぐの頃)
(夜、どうしても寂しくて泣いていたら、コロンっていつも部屋の外にこの飴が置いてあった……)



 大好きな祖母の死を中々受け入れる事が出来なかった蘭は、毎日夜になると一人で泣いていた。



 でもそんな時は必ず「コンッ」とドアが控えめにノックされる。すると部屋の前には、いちご味の飴が一つ置いてあるのだ。



 ――――蘭はそれに救われていた。



 甘くて美味しい飴は、悲しい気持ちをどこかへ吹き飛ばしてくれるから。
 


 わざわざ確認した訳ではないが、飴を置いてくれていたのはきっと叔母の葵だろうと蘭は思っていた。



「……まさか、いつも飴くれてたのって――」

「泣き虫な蘭は飴がないと寝れないのは、今も変わらない?」

「!!」



 悪戯っ子のような顔で言う涼太に、蘭は目を見開く。



「なんでっ? なんで、直接渡してくれなかったのっ!?」

「俺からじゃ、受け取らねーと思ってたからな」

「??」



 ますます訳がわからない、と首を傾げる蘭に涼太はそっぽを向き小さな声で言う。



「……俺、お前に嫌われてたし」 

「私が涼太を……? いやいや、そんな訳ないじゃん!」

「そんな訳あるわ。お前、俺と目が合うと避けてただろ」

「それはっ! …………涼太が先でしょ? 私が葵さんの家に住む事になったあの日、私を見たら舌打ちして、眉間に皺寄せてどっか行っちゃうし。私、嫌われたんだと思って、あんまり一緒に居ないようにしてた」

「…………」

「だから、この間も言ったけど私、ずっと涼太に嫌われてると――――」



 それは一瞬の出来事だった。




 先ほどまで座っていたはずの蘭は、急に視界が涼太と天井で埋め尽くされた事に理解が追いつかない。




「――――え?」

「……なぁ」



 何を考えているかわからない涼太の表情に、蘭はさらに困惑した。



「りょう……た?」



 涼太は、投げ出されている蘭の手をぎゅうと握った。冷たい蘭の手のひらから、涼太の熱がじわりと移る感覚に蘭は顔を赤くする。



 もう片方の空いている手で、蘭の髪を一房持ち上げ口元へ運び、唇に触れるか触れないかの位置で止めた。



「俺がいつ、蘭のこと嫌いって言った?」



 ――――涼太は、いつになく真剣な眼差しで蘭を見つめた。






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