さくらの記憶
やがて、肩で荒い息をしながら、北斗がさくらの顔を覗き込む。

「さくら、頼むからどこにも行かないで。俺のそばから離れて行かないで」

その目は、寂しさを滲ませていた。

思わずさくらは北斗の頭を抱き寄せる。

「私が好きなのは北斗さんだけ。他の誰の所にも行かないわ」
「本当に?栗林に好きだって言われても?」

きっと、さっきの栗林との会話を、北斗は部屋の外で聞いたのだろうとさくらは思った。

「誰になんて言われても、私は北斗さんしか愛せない。絶対よ。どんなに離れていても、顔を合わせられなくても関係ない。私の心の中に、北斗さん以外の人はいないから」
「さくら…」

北斗は、ようやくホッとしたように微笑んで、さくらの髪をなでる。

「ごめん、ごめんな。俺、みっともない真似して。さくらのことになると、全く理性が働かない。さっき、さくらに風呂入りなって言いに行こうとして、部屋の中の会話が聞こえてきたんだ。俺もう、一気に嫉妬の塊になって…。情けないな。ごめん、さくら」

優しく髪をなでながら、何度も謝る。

「ううん、大丈夫。それに、そんなに嫉妬してくれるなんて、ちょっと嬉しい。ふふふ。北斗さん、なんかちょっと男の色っぽさがあって、もうされるがままに抱きしめられたいなって思っちゃった」

ピタッと、さくらの髪をなでていた手が止まる。

「…さくら、それ以上は言うな」
「ん?何を?」
「いいから。もう何も言わなくていい」
「えー、なんで?」
「頼むから!もう黙っててくれ」
「ふうん、分かった。じゃあ、その代わり…」

さくらは腕を伸ばして北斗の頭を抱き寄せると、チュッとキスをした。

「だーかーらー、だめだって言っただろ!」
「えー、なんで?何も言うなって言われたから、黙ったでしょ?」
「だからってこれは反則だろう?あーもう、だめだ。スイッチ入っちゃった」
「え、なんの?」
「分からなくていい!ほら、もう寝な」
「はーい。じゃあここで寝てもいい?」

北斗はギョッとする。

「だめだ!」
「なんで?」
「なんでって、諸事情によりだめ!」
「いいでしょ?ほら、北斗さんはそっち向きの横向きでいいから。ね?」

北斗は仕方なく、ベッドの端に小さく丸まる。

お休みなさーい、と言って、さくらは無邪気にペタッと背中に張り付いてきた。

(結局今回も、朝まで寝られないコースじゃないか、とほほ…)

北斗は身動き取れずに、朝まで固まっていた。
< 126 / 136 >

この作品をシェア

pagetop