さくらの記憶
「これ、さくらのだと思う」

やがて二人はベッドに並んで座り、北斗はさくらに、さっき見つけた小さなバッグを渡した。

さくらは受け取ると、中を確認する。

まずスマートフォンを手にしたが、充電が切れているらしく、充電器を取り出してコンセントに繋いだ。

次に財布を開け、中から免許証を取り出す。

「高山 さくら…」

自分の名を呟きながら、実感が湧かないような様子に、北斗はためらいながら聞いてみる。

「やっぱり、普段のことは、その…覚えてない?」

さくらは、うつむいたまま頷いた。

「そうか。でも、無理に思い出さなくていいから。どうせここから離れれば、自然に思い出すはずだし…」

するとさくらは、キッと鋭い視線を北斗に向ける。

「私、ここから離れませんから!」
「わ、分かったってば!ったく、さくらってこんなに強情だったっけ?」
「それは北斗さんのせいでしょ?!北斗さんがあんな勝手なことするから、私…」

そう言って、また涙ぐむ。

「だからごめんって!でも、じゃあ覚えてるんだな?5年前のこと」
「5年?!あれから5年も経ってるの?」

さくらは驚いたように目を見開く。

「ああ、うん。さくらはあの時大学生だったから、今はもう社会人なんじゃないかな?」

するとさくらは、ハッとしたようにスマートフォンに手を伸ばした。

アプリのカレンダーを開きながら、北斗に、今日は何月何日かと聞いてくる。

「えっと、4月30日だ」

4月30日…と呟きながら予定を確認し、更にメールやメッセージを確認する。

「どう?ご家族とか、心配してる?」

さくらは首を横に振った。

「母とのやり取りで、連休は実家にも帰らないで、ゴロゴロして過ごすって書いてあります。それに仕事は、5月7日までお休みみたい。遥っていう、多分職場が同じ友達みたいなんですけど、その子とのやり取りで、今年は連休長くていいねって」

ふーん、と北斗は考え込む。

「じゃあ、しばらくはこのままここにいても大丈夫なんだね。でもお母さんには、連休中ゴロゴロするって言ってたってことは、さくらはここに来る予定はなかったのかな?」
「それは…分からないです」
「そ、そうだよね。ごめん」

さくらは、しばらく何かを考えてから、北斗に向き直った。

「北斗さん。私がここに来たのには、やっぱり何か訳があると思います。前回と同じように。だからくれぐれも、気をつけてください」

真剣な表情で、北斗に訴える。

「それと…これだけは約束してください。私に黙って、ここから連れ出そうとしないって。お願いします」

頭を下げるさくらに、北斗は小さく息を吐いてから頷いた。

「分かった。約束する」

さくらは、ホッとしたように笑顔をみせた。
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