さくらの記憶
「あの、あなたは今、何をされていたのですか?」

低い声でゆっくりと、怪訝な面持ちで聞いてくる。

「何も。木を見ていただけです」

さくらは、口の中がカラカラに乾くのを感じた。

(この人は…どこか危険。ここから遠ざけなければ)

根拠はないがそう思う。

「あの、ここは民家です。寺ではありません。どうか、お引き取りください」

強い口調でさくらは詰め寄る。

「分かりました」

そう言って踵を返した僧侶が、ふとさくらを振り返る。

「あなたが見ていたのは、そこの、立ち並んでいる大きな木ですか?」
「え、はい」
「そうですか。私には、あなたがその木の中に吸い込まれたように見えました。そしてそのあと、何かのパワーが発せられた」

さくらは、ゴクリと喉を鳴らす。

「私はこれでも、霊力が高いものでね。他の人には見えないものが見える。もしやあなたも?」
「いえ!私は普通の人間です。どうか、お引き取りを」

さくらが声を張ると、僧侶は一礼してから去っていった。
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