月へとのばす指
駆け寄って呼びかけたが、彼女は顔を上げない。すぐ横に同じように膝をつくと、目を閉じた横顔がはっきり見えた。明らかに、顔色が良くない。外が暗いということを考慮しても、血の気が引いている。
「館野さん、どうしたんだ」
もう一度呼びかけると、ようやく聞こえたかのようにまぶたを開き、唯花はわずかだけ顔をこちらに向けた。組んだ手を胸に当てたまま、まばたきをゆっくり二度ほどした後。
「……藤城さん」
「気分、悪いのか?」
背中に手を添え尋ねると、もう一度目を閉じて、ゆるゆると首を横に振る。
「ちょっと、貧血みたいで、立ちくらみしただけ……です」
と彼女は言ったが、とてもそれだけではない雰囲気を久樹は感じた。照明のせいかもしれないが、しばらく会わなかった間に、やつれたようにも見える。
「救急車呼ぼうか」
久樹がスマートフォンを取り出すと、慌てたように唯花が手を伸ばしてきた。スマホを持った手を掴まれて、一瞬どきりとする。
「大丈夫です、から……しばらく、じっとしてれば」
彼女の口調と、手の力はやけに頑なで、番号を押そうとしていた久樹は思わず動きを止めた。救急車を呼ばれたくない事情が何かあるのだろうか。それとも、単純に大げさにされたくないだけなのか。
だが、このままここでうずくまらせておくわけにもいかない。空調が止まっているからじんわりと暑いし、万が一何かあった時に気づかれにくい。何より、久樹自身が彼女を放っておけなかった。
「なら、うちで休んでいって。タクシーですぐだから」
「……え」
「気分が良くなったら送ってく。とにかく、ずっとここにいるわけにはいかないだろ。立てる?」
矢継ぎ早に言ったせいか、唯花は答えを返さなかった。
しかし拒否もされなかったので、久樹は言った通りの行動を取ることにする。右手をそっと握ると、反射的になのか彼女はぎゅっと握り返してきた。
そばにあった唯花の物であろうカバンを右肩にかけ、支えながらゆっくりと立ち上がらせる。腕を回した体は、とても細く感じた。
寄りかかる彼女に障らないよう、そろそろと通用口までの歩みを進める。守衛室にいた警備員にタクシーを呼ぶように頼み、車が来るまで唯花を守衛室で座らせてもらう。