月へとのばす指

 時間は戻せない。唯花を抱くべきではなかったのだと悔やんでも、そうする前に戻ることはできない。自分の中の炎がもはや消し止められない状態になってしまったのは、自業自得なのだ。

 だが、それだからこそ、正直に彼女を求めたいと思った。
 唯花がほしいと叫ぶ心を、もう一度ぶつけてみようと。

 そらしたままの彼女の顔には、困惑が浮かんでいた。最初に告白した時と同じ程度の──いや、あの時よりも強いかもしれない。

 困るということは、彼女の中に迷う気持ちがあるのだ。すなわち、特別な好意を持ってくれていることにほかならないのではないか。久樹はそう期待した。
 しかし、帰ってきた唯花の反応は、首を横に振る動きだった。

「唯花?」
「だめ、です……お付き合いはできません」

 喉から絞り出される、苦しげな声。彼女の逡巡する感情がにじみ出ているような。だからこそ、強い口調で問い返さずにはいられなかった。

「どうして! ……君だって俺のこと、少しは特別に思ってくれてるんじゃないのか」

 久樹の詰問に、唯花は歯を食いしばるような様子を見せた。引き結んだ唇がかすかに震えている。心なしかまばたきも速い。

 少しでも気を抜いたら泣きそうであるのを、必死に耐えているように見えた。困惑はまだしも、どうして泣きそうにまでなるのか──そういえば一度目の告白の時も、同じ様子を見せられて同じように思った気がする。

 久樹がそれを思い出すと同時に、唯花は再びかぶりを振った。

「だめなんです。私……、私、お付き合いも結婚も誰ともしないって決めてるんです」
「え?」

 意外な言葉だった。問題は、久樹個人ではなく、彼女自身に何かがあるということなのか。それはいったい何なのか。

 なぜ、と問いを発するまでしばらく呆然としていた。
 その間に唯花はベンチから立ち上がり、階段室に続く扉の向こうに姿を消していた。
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