月へとのばす指
【7】

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 それから、一週間。
 久樹は日々、悶々とした思いを抱えていた。理由は言うまでもなく、唯花のあの発言だ。

『……、私、お付き合いも結婚も誰ともしないって決めてるんです』

 彼女が誰とも付き合わないのは、なかなか恋に落ちないタイプであるのか、もしくは過去によほど嫌な目にあったのか、どちらかだと考えていた。だが彼女の眼鏡にかなう相手が現れれば解決する問題だとも思っていた。

 しかしあの発言からすると──誰が相手であろうと、たとえその相手を好きになっていても、付き合わないし結婚もしないと決めているということか。
 あの、人当たりの良い唯花が、そんなふうに決意した理由はいったい、何なのだろう。過去に、他人に話せないほどの嫌な出来事があったのか、ぐらいしか思いつかない。

「久樹、先日の話だが、結論は出したか」

 つい今朝方、出勤直後に父親に呼び出され、そう聞かれた。しばらく前の見合いの件に違いなかった。

「その話は──」
「よく考えたか? 自分のことだけでなく、相手のこともしっかりと見極めたろうな」

 断ろうとした空気を察したのだろう、父親が機先を制するように話をさえぎる。父親は、強引なところはあるが決して横暴な人間ではない。強引なのも、経営者かつ一家の長としては必要な性質であろう。
 良かれと思ったことは自分の判断を押し通す場合もある。だが、こちらが筋を通して話せば耳を傾けてくれるし、本当に望まない事柄であれば押しつけてはこない。

 唯花とのことに気を取られてはいたが、見合いの件についても考えてはいた。家のため、周囲のためを思うなら、理想的な相手には違いない……だが、それでも。

「考えました。ですが、心に決めた相手がいるのに他の女性と結婚しようとするのは、人間として不誠実ではないかと」
「そんなにおまえは、その相手がいいのか?」

 唯花の顔を思い浮かべた。こちらを気遣う優しい微笑み、久樹の告白に困った表情、『誰とも結婚しない』と打ち明けた泣きそうな顔──あの悲しみの理由を知らなければいけない、そしてその悲しみを取り去ってやりたい。
 彼女の笑顔を、もう一度、傍で見たい。

「はい」
「そうか」

 呆れたようにか諦めたようにか、父親が深いため息をつく。

「相手にきちんと話をして、了承をもらったのか?」
「いえ、まだ……ですが近いうちに、必ず」
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