人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
 起きないアリアを見つめながら、ロイはアリアと彼女の名前を口にする。
 魔力欠乏症だというアリアの頬をそっと撫でる。
 その頬は驚くほど冷たく、色を失っている。

「俺の魔力、アリアにやれたらいいのに」

 アレクの処置によって一時的に魔剣への魔力供給量を抑えた今の状態のアリアなら2〜3日で目が覚めるかもしれない、とアレクは言った。

「アリアは、目が覚めたくない……のか?」

『でも、本人が望まないならこのままかもしれない』

 アレクの話は信じがたい内容で、だけどどこか納得できるものでもあった。


***********


「"死に戻り"という現象を知っているだろうか?」

 アレクは荊姫とアリアを並べて、魔法陣の描かれたガラスケースを取り出す。
 それは特殊魔法しか使えないアレクの代わりに、アレクの指示通りロイが作ったものだった。

「なんだ、それ?」

「僕も魔剣を調べる過程で偶然聞いた御伽噺みたいな内容なんだけどね」

 アレクはガラスケースにアリアの血と荊姫を入れ、ガラスケースに組まれた魔術式を起動させ魔力を慎重に注ぎ込む。

「我の強い魔剣に最後の主人として選ばれた場合、魔剣が死ぬまで死なせてもらえなくなるらしい」

「……どういう事だ? それは」

 そもそも魔剣の所持者が短命なのは、魔剣に常に魔力を供給しているからだ。
 主人の寿命を喰うのに死なせてくれないとはどういうことなのか?

「死んだはずなのに、ある一時点に戻りやり直す。魔剣が壊れるまでずっとだ」

「そんなこと」

 時間を巻き戻すなど、あり得ない。
 だが、アリアは何度も未来を言い当てた。
 本当に、アリアは未来を知っていた?

「でも僕は、仮にそんな現象があったとしても、実際には時間が巻き戻ることはないんじゃないかと思っている」

「矛盾してないか? それ」

 こんなとんでもない仮定を言い出したのはアレクなのに、時間が戻ることはないという。

「そもそも"時間"というものの流れは一方向で、逆流することはない。が、世界線軸という概念がある。さまざまな選択で分岐した、別の世界線。所謂、並行世界ってやつだな」

「暴論だな」

「だが、あると証明する手段がないだけで"そんなものは存在しない"と証明することもできないんだよ。そもそも異界からの転移は認めるのに、なぜ別の世界線には否定的なんだ?」

 そう言われてロイは言葉を紡げなくなる。現状、朝菊陽菜という異界から転移してきた"時渡りの乙女"の力を借りて、魔獣の暴走の原因である瘴気を浄化している真っ最中だ。

「じゃあ、アリアがこのまま死んだとして、魔剣が寿命を迎えない場合アリアはどうなるんだ?」

「この世界でのアリアは死んだら終わりだろうな。でも、荊姫はアリアが死ぬ世界を許さない。だから、アリアの存在を別の世界に飛ばすんだ」

 そのために膨大な魔力を欲していると考えれば、今の荊姫の状態も分からなくはないとアレクは仮定する。

「でも、アリアは死ぬんだろ?」

「善悪の判断も生死の概念も、そもそも僕たちと魔剣とでは違うんだよ。精神、或いは魂、魔力の塊、記憶というデータ。そういった通常人の目では見る事のできないそれを荊姫は"ヒト"と認識する」

 肉体と精神は別物なんだとアレクは話す。
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