人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「……っ」

 何か言わなければと思ったのに、言葉が詰まって何も出てこなかった。
 お久しぶりですね、とか。
 今晩は星が綺麗ですよ、とか。
 差し障りのない言葉すら、何も浮かんでは来なくて。
 ただどうしようもなく泣き出したくなるほどに彼に会いたかったのだとアリアはたった今気がついた。

「久しいな、アリア」

 任務ご苦労だったと淡々と話すロイに、ベンチに座り直したアリアは小さく頷く。

「今日はアリアに、君が望む結末を持って来た」

 そう言ったロイは皺の沢山入った離縁状を差し出す。
 それにはロイの名前が記載されていて、帝国側の証人欄には神官長の名が入っていた。

「あとは陛下の御裁可だけだ。まぁ、あの方は放任主義だから問題なく通るだろう」

 現在も実質国に関わるほとんどはロイが担っているようなものだ。
 その彼が通ると言えば通るのだろう。

「あと1週間で調査が終わる。それと同時にコレを承認する」

 アリアはロイの言葉に目を大きくしたあと淡いピンク色の瞳を伏せる。
 彼の妻でいられるのは、あと1週間。
 その言葉に、物語からの退場が急に現実味を帯びる。
 元々書類上の繋がりだけだったのだと自分に言い聞かせようとしたのに、ロイの口から聞かされた離縁宣告は思っていた以上に心が痛み泣きそうだった。
 自分で思うよりもずっとロイに心を寄せ過ぎていたらしい、とアリアは今更ながら知る。

「1週間後の正午の鐘と共に神殿に提出する。アリア、それで君は晴れて自由だ」

「……何よ、それ」

 ロイの言い回しになんでそんな言い方をするのだと、アリアは悲しさよりも腹立たしさが募る。
 確かに物語からの退場はこの1年ずっとアリアの目標であったのだが、最終的に離縁状を叩きつけて来たのはそちらではないか、と。

「不服か? 君が望んだ事なのに?」

「そんな……言い方っ」

 しなくても、という言葉は、琥珀色の強い眼力の前に消えた。

「俺は宣戦布告した時に言ったな。コレから先アリアが何をしようとも、その選択の理由(言い訳)に"俺"を使うな、と」

 そう言ったロイの言葉は冷たく突き放すようで、アリアはただ息を呑む。

「アリア。君はあの時"私自身幸せになりたい"とも言ったな。なら、これは君自身が幸せになるためにした選択なんだろう」

「私……は」

 そこから先の言葉を紡げず、ただじっと琥珀色の瞳を見つめ続けるアリアの頬に軽く指先で触れ、ふっと寂しそうに笑ったロイは、

「お幸せに、アリア」

 そう言って、アリアから手を離した。
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