人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
『これは君自身が幸せになるためにした選択なんだろう』

 ロイの声が耳に張り付いて離れない。
 ずっと、ずっと、物語からの退場を希望していた。
 この小説は彼と彼女の物語で、自分はその中で処刑予定の悪役姫(当て馬)だったのだから。

「これで……良かったはず、なのに」

 眠っている間夢の中で『本当に、それでいいの?』と何度も聞かれたことを思い出す。

「私……は」

『それで、悪役姫(アリア)は幸せなの?』

 夢の中で聞いたその言葉が耳の奥でこだまする。

「……私が、望んでしまったのは」

 本当はもうずっと前から気づいていた。
 物語は随分前から路線変更していた事にも、ここにいる自分たちは小説のキャラクターなどではなく現実に生きている人間だということにも。
 それでも同じ結末を辿ったらと思うと怖くて、勘違いだと拒絶されるのが辛くて、目を背けていた。

『お幸せに、アリア』

 ロイにあんな顔をさせたかったわけではなかった。
 本当はずっとその手を取りたかった。

「もう、遅い……かな?」

 アリアがぽつりとつぶやくと発動していない荊姫が勝手に光り輝き大剣の形をとると、カーンと柔らかな音を立てて鳴いた。
 それは、アリアを主人と認めた時と同じ現象だった。

「……荊姫」

 カーン、カーン、カーンと立て続けに荊姫が鳴く。
 まるでアリアの事を叱責するかのように。

「こんな主人じゃ情けないって?」

 アリアはそう話しかけて、宙に浮いていた荊姫を手に取る。

「"世界で最もわがままなお姫様"あなたなら、きっと自分の願いを叶えるために堂々とわがままを通すのでしょうね」

 アリアは荊姫に額をあてる。

「あなただったの。私にそれでいいのかって何度も聞いたのは」

 アリアの中に荊姫の感情が流れ込んでくる。
 それはとても温かくて、優しくて、アリアの幸せを願ってくれているようだった。

「面倒な主人でごめんなさいね」

 アリアは荊姫にそっと謝るとその銀色の大剣に自分を映しながら、彼女のことを見つめる。
 幼少期から共にいるこの魔剣に込められた魂は、とてもとても我が強く、わがままで、自分の望まない世界を許さない。
 そんな彼女に気に入られた自分は、やはり悪役姫なのだとアリアは思う。

「悪役姫は、悪役姫らしく、わがままに自分の欲しいものを願ってもいいかしら?」

 カーンと鳴いた荊姫をアリアは空を斬るように振り回す。
 当たり前よと言うかのように堂々たる魔剣の有様に、ふふっと楽しそうに笑ったアリアは、

「鐘が鳴るまであと5分もあるじゃない!」

 まだ間に合うと黄昏時の至宝(サンセットジュエル)を発動させると、ロイを目指して風より速く駆け抜けた。
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