人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「……う……そ」

 1回目の人生で一緒に過ごしたロイはたくさんの優しい嘘をくれたけれど、決して愛しているなんて言ってはくれなかった。
 2回目の人生で読者として読んだ小説にも、悪役姫に愛を囁くことなどありはしなかった。
 3回目の人生である今世だって、今まで直接こんな事を言われた事はなく、正直ロイに好かれる要素が見当たらない。

「嘘じゃない。アリアに惚れた相手がいるんだろうと思っていたから言えなかっただけで、温泉宿で泣きながらそれでも前を向こうとしているアリアを見た時から多分俺はもう君のことが好きだったんだと思う」

「……そんなに、前から」

 それはアリアが初恋に決着をつけることができた忘れられない夜の事で、あの日以来アリアはずっと強くなりたいと願っていた。

「アリアは俺が帝国での居場所を作ったなんていうが、俺がしたのはせいぜいアリアを過酷な環境に放り込んだことくらいで、今アリアが持っている全てはアリア自身の努力で手に入れたものなんだ」

 女性が仕事を持つ事をよしとしないこの帝国で、沢山好奇の視線に晒されながら、時に理解されず冷たい言葉を投げかけられながら、それでも前を向いて、自分の力で立とうと努力してきたアリアの今までの時間をロイはずっと見守ってきた。

「逃げ出さずに自分の運命に立ち向かって抗うその様は、思わず応援したくなるくらいかっこいい」

 そう思ったのは自分だけではないとロイは続ける。
 そんなアリアだから、アリアの下に付きたいという志願者が後を絶たないし、そんなアリアに憧れて、支持するものも随分増えた。
 嫁いだ頃の支持率氷点下の皇太子妃はもういない。

「怯えながら、それでも懸命に俺のことを知ろうと伸ばしてくるこの手が、見極めようとするこの瞳が、愛おしい」

 ロイは空いている手でアリアの頬をそっと撫でる。

「俺はアリアのことが大事なんだ。俺の事でくるくると表情を変えて素直に感情を表すアリアが好ましいと思っている。できれば泣かないで欲しいし、笑っていてくれると嬉しいんだけど」

 琥珀色の瞳が優しくアリアを見つめる。

「なぁ、アリア。1年前、君は離宮を初めて訪ねた俺に提示した未来を覚えているだろうか?」

 アリアは小さく頷く。あの時は物語からの退場を目指して離縁することだけに考えが集中していて、目の前にいるロイの事を見ていなかったし随分と酷い態度をとっていたとアリアは苦笑する。

「俺の運命の相手は、とても素直で可愛くて、優しさと思いやりに溢れた運命に果敢に立ち向かう勇敢で素敵な人で、大切にしてあげて欲しいって言ったな」

 それは、アリアが小説のヒロインであるヒナの事を指していった言葉だった。

「俺にとってそれに該当する人は、アリア。君だよ」

 そう言われてアリアは驚いたように目を丸くする。
 そんなアリアに笑いかけたロイは、

「俺はあまり愛情深い方じゃないと思うし、家族の情という奴にも縁が薄くて、家族仲のいいアリアの基準からいけば上手くいかない事もたくさんあると思うんだけど」

 アリアの淡いピンク色の瞳を見つめながら、

「俺はずっとアリアの事を引き留めたくてその方法を探してる。足りないところはこれから努力するから、アリアの一番近い家族にしてくれないか?」

 そう言葉を締め括った。
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