人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する

76.悪役姫は、エンディングを迎える。

 さよならの日は泣かないと決めた。

「ヒナ、ありがとう。元気で」

「アリア様もお元気で」

 前日に盛大にお別れ会をやったので、別れの言葉は短くて、ヒナと握手を交わしたその後は彼女が好きだといった騎士らしく傅いて、ヒロインに最後を告げた。

 王城の最上階にある祭壇に描かれた魔法陣に立って、アリアは荊姫を握りしめ、3度目の人生に思いを馳せる。
 記憶が戻った直後は悪役姫であることに絶望し、ずっとこの物語から退場しようと足掻いていた。
 離縁を画策しようとしたときはもちろん荊姫は共にあったし、力が欲しいと前を向いて立ち上がった時も彼女は共にいてくれた。

 魔力を喰らい、主人の寿命を縮める魔剣に選ばれることは名誉であるとともに最大の不幸とさえ言われる。
 だが、アリアは荊姫に選ばれたことを不幸だと思った事も、彼女を手に取り剣の道を志したことも後悔したことはない。

 荊姫に選ばれなければ騎士になる事はなく、ロイに出会う事も彼に焦がれることも帝国に嫁ぐこともなかっただろうし、嫁いでから先、待ち受ける破滅を回避するために抗う選択などきっとできなかったとアリアは思う。

 我慢をやめて荊姫を振い、力をつけたその先で、悪役姫がロイから愛される日が来るなんて、思ってもいなかった。

 全部自分に運命をくれた荊姫のおかげだとアリアは巡り合わせに感謝する。

「アリア、いけそうか?」

 ロイの言葉に覚悟を決めたように目を見開いたアリアは、自身の掌を傷つけ剣に血を吸わせる。

「キルリア王家の血の下に、アリア・ティ・キルリアが命じる」

 パァーッと光を帯びたその剣は宙に浮き、一瞬で棘のある蔦を纏った銀色の大剣へと変わる。
 パシッと大剣を手に取ったアリアは感覚を確かめるように軽やかに空を切る。

「上機嫌ね、荊姫」

 大事そうに荊姫に額をつけるとアリアはそうつぶやく。
 淡いピンク色の瞳を閉じて、次に目を開けた時にはその瞳に紅と金の煌めきが混ざり、宝石のように輝く。

「あなたの主人になれた事を私は生涯誇りに思うわ」

 そう荊姫に話しかけるとアリアは大剣を構える。

「さぁ、派手にいきましょうか!」

 アリアに応えるように荊姫は大きく鳴く。荊姫に施された術式を意識しながら、アリアは時空を切り裂くイメージで転移ゲートである魔法陣を荊姫で斬りつけた。
 目が眩むほどの光の中で膨大な魔力を消費しながら異世界への転移魔法が展開される。
 術式が全て展開し終わると、カーンという柔らかな音を立てて荊姫がアリアの手の中で砕け散った。

『やっと自由になれた、ありがとう。強くありなさい、私の愛し子(アリア)

 耳元で確かに聞こえたその声は、長く眠っていた夢の中で『それで悪役姫は幸せか?』聞いたあの声だった。
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