人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
 アリアは目の前で紅茶を優雅に飲むロイを見ながら、人間どんな事にも慣れるんだなと、自分の順応性の高さに感謝する。
 今は時系列的には小説の本編開始前で、回想シーンで出てくる重要なワード以外は1回目の人生の自分の記憶だけがほとんど頼りなのだが、こうも違ってしまってはそれさえ当てにできない。

 アリアは自分の分の紅茶を口にしながら1回目の自分を思い出す。
 1回目の人生ではこの時期ロイに会える日だけを楽しみに、必死で慣れない帝国のマナーや皇太子妃教育を頭に詰め込んで、帝国の淑女に必要だという刺繍やお茶やお花やテーブルセッティングなんかをやり込んだ。
 今までずっと剣を握る事しか知らなかったその手で、この身体で、求められる淑やかさを身につけるのはかなり骨が折れたし、辛かった。
 そんな忙しい毎日をアリアは送っていたわけだが、もちろんロイも随分忙しそうだったと記憶している。
 食事を一緒に取ることも難しく、夫婦の寝室で一人で寝る日も多かった。
 ロイに会えなかった分想いは募ったし、偶然でも見かけたらそれだけで胸が高鳴った。
 あの頃のアリアはただ本当にロイに会いたくて堪らなかった。だというのに、不思議なものだと今世のアリアはそう思う。
 ロイに会えば、言葉を交わせば、その機会が多ければ多いほど、ロイを慕う気持ちが膨らんで自分ではどうしようもないレベルで彼を好きになるのだと思っていた。でも実際には、会う機会の少なかった過去よりも頻回に会える今の方がずっと気持ちが落ち着いている。
 少なくともロイを見るだけで心音が早鐘の様に鳴ることも胸を占めるときめきも今のアリアにはなかった。
 かと言って、別にロイの事が嫌いになったわけでもどうでもいいと切り捨てられるほど無関心になったわけではない。
 ただ、ロイ・ハートネットとは何者なのか? その為人が知りたい。
 フレデリカのアドバイス以降そう思うようになってからだろうか? まるでアリアの心情を察したかのようにロイの自分に対しての態度が変わったとアリアは感じている。
 具体的には砂糖菓子のように甘い優しさや気遣いが一切なくなった。そしてそれを不快に思うことも不満に思うこともなく、むしろ好ましいとさえ思う自分がいる。
 この気持ちの変化に一番戸惑っているのはアリア自身だった。

「それで、旅行先なんだが」

「拒否権はないんですね。承知しました。付き合う代わりにその誓約書の破棄を要求します。あと、部屋は絶対別にしてくださいね。他人がいると寝付けないんで」

 別に行き先なんてどうでもいい。そんな態度のアリアに嫌な顔ひとつしないどころかおかしそうに笑ったロイは、

「じゃあ当日までのお楽しみという事で」

 そう言って今日の面会を切り上げていった。
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