人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
 ロイは隣室にうつり窓から月を眺めながら"アリア・ティ・キルリア"その人の事を考える。

『あなたは一体、どんな人ですか?』

 アリアの淡いピンク色の瞳にじっと見られるといつもそう聞かれている気がした。
 そして、不思議な願望が湧くのだ。
 アリアに"ロイ・ハートネット"という人間について知って欲しい、と。

 ロイは自分が世間で言われるような天才ではないことを知っている。
 苦しくても重圧を前に投げ出すことができず、体裁を整えているだけの小心者。
 蓋を開けてしまえば、自分なんてその程度の人間でしかないのに、いいカッコしいの自分が期待に応えなくてはと、いつだって息がつけないほどにもがき続けている。

(カッコ悪いありのままの自分を知って、そのまま受け入れて欲しいなんて、まるでガキみたいだ)

 この帝国で皇太子として生き残るためには、強くなるしかなかった。
 ごくごく親しい者と接するほんの僅かな時間以外は素の自分に戻る事なんて、ほとんど許されなかった。
 年齢を重ねれば、それさえも許さないほど、完璧な皇太子であり続けなければならなかった。
 苦しい事を苦しいとも言えない。そんな自分とこの国に来て苦しむアリアの姿が重なって見えた。
 だけど、アリアは自分とは違ってそんな彼女を苦しめる何かと戦うことを選んだようだった。
 それが非常に興味深くて、そして何とか叶うなら打ち勝って欲しいとさえ思った。
 まるで小説のヒーローが成長していく冒険譚でも見るかのように、アリアという人物を観察し、アリアが救われれば自分も救われるようなそんな勝手な幻想を見ていたのだった。
 それに気づいたのは、宿で一緒に過ごした夜の事で、泣きながら本音を落とした彼女は、痛みも悔しさも葛藤も抱えた自分と同じ生身の人間で、それらを抱えながら前を向いて進もうと抗う様が、ロイの目にはカッコよく見えた。

 時間を共にして、言葉を交わして、少しずつ、少しずつ、アリアを知りながら、本当の自分を晒していった。
 アリアがはじめに見ていた好意を持っていたであろう"ロイ・ハートネット"なんて、本当は虚像でしかないのだと。

『あなたは一体、どんな人ですか?』

 怯えながらもロイ自身を知ろうと淡いピンクの瞳を逸らさずに手を伸ばしてくるアリアに、アリア自身の目で本当の"ロイ・ハートネット"を見つけて欲しかった。

 完璧でない自分の事を晒しても、アリアは幻滅したりしなかった。
 彼女は何も求めずにただそこにいてくれた。
 多分、それだけで充分だったのだと思う。
 息ができないほど苦しくみっともなくあがく自分の存在を許してくれる彼女と過ごすこの時間が、なにものにも変えられないかけがえのないものになっていて、いつの間にかそんな時間をくれるアリアに惹かれていたのだと気がついた。
 気づいてしまったら、落ちるまでは一瞬だった。

(アリアに想う相手がいても、もう手を離してやれない)

 代わりに誰よりも大事にしよう。もうアリアが何にも怯えなくて済むように。
 夜伽の名目でアリアを呼び出すようになって何度目かの夜、ロイはアリアの寝顔を見ながら、言葉に出さずに静かにそう誓ったのだった。

(今夜も、アリアが見る夢が彼女が泣かずに済むものであるといい)

 窓の外の月にかかる雲を見ながら、ロイはそんな事を祈っていた。
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