君を忘れてしまう前に
「ん〜、今の演奏だとちょっと物足りないなあ」
J−POP側の校舎にある、年季の入った小さな教室。
室内には普段とは違う緊張感が流れているものの、リカコ先生はワンレングスの長い黒髪を指で梳き、黒のミニワンピから伸びるむっちりとした白い足を組み直して、大人の色香を振り撒いている。
もちろん、リカコ先生は無意識――のはずだ。
わたしは見慣れているからなんとも思わないけど、大学の講師にしてはいかがわしいオーラを放つリカコ先生を初めて見る人達はびっくりするだろう。
口をあんぐりと開けるクラシックの先生達の前で、それでも構わずつやつやの髪をかき上げる様子に苦笑しながら、わたしはアコースティックギターを持ってマイクの前に立った。
いよいよ、わたしの公開練習が始まった。
午後の時間帯はJ-POPの生徒達は授業があるからみつき達はいないし、冴えないわたしの演奏に興味がある人もいないから教室内はガランとして静かだ。
数少ない見学者は、学内コンサートを取り仕切るクラシックの先生達が3人だけ。
サラ達の演奏の時に比べれば遙かに人は少ないけど、誰かにレッスン風景を見られているという緊張感がみなぎってくる。
「突然だけど米村さんは、恋してる?」
「え、恋ですか?」
レッスン中なのに、先生はなにを言い出すんだろうか。
唐突な質問に戸惑いを隠せないでいたその時、真正面にある教室のドアがゆっくりと開いた。
入ってきたのはサラだった。