君を忘れてしまう前に
「皆は失敗そのものよりも、失敗した後に仁花がどう行動するのかを見てるよ。誰でも失敗くらいあるからさ」
「失敗した後のわたしを……?」
「そうだよ。聴き手は音楽を通して、仁花がどういう人間か見てる。演奏中は自分の才能のこととか悩みごととか全部忘れて、どれだけ集中できるかが大事だと思うよ。仁花はめちゃくちゃ練習してるんだから、舞台に上がったら余計な心配なんかしなくていいじゃん。なにも怖がんなくていいよ」
すぐに返事をしたいのに、くっと喉が詰まる。
サラが、こんなに甘ったれたわたしに親身になってくれることが嬉しかった。
視界が滲むけど、ここで泣くのはもっと情けないからどうにか我慢するしかない。
「そうだね」
「そうだよ、大丈夫」
わたしは両手で口元を覆い、肘をついた。
無造作に置かれたテーブルの上のストレートティーがぼんやりと視界に映る。
不自然な動作にサラはどう思ったのか分からないけど、泣きそうになっているのがバレていなかったらそれでいい。
込み上げるものを抑えながら、サラがくれた言葉を頭の中で繰り返した。
いつの間にか、上手く演奏することばかり考えていた。
サラの言う通り、自分が納得するまで思った通りにやる。
答えはたったこれだけのことなのかもしれない。
「わたし、頑張ってみるよ」
「頑張れ」
サラは黒のオーバーパンツのポケットに軽く両手を入れ、少年みたいに笑った。
見た目は物語に出てくる王子さま並みに上品なのに、悪戯な男の子みたいな仕草がアンバランスでかっこいい。
だめだ。
これ以上いたら、サラのそばから離れたくなくなってしまう。
「そろそろ公開練習が始まる時間だから行こうかな。サラはこれからまた練習?」
「うん、そう」
香音さんとの練習風景がパッと目に浮かび、つきりと胸が痛む。
たった今、サラから心のこもった言葉をたくさんもらったばかりなのに、わたしはどれだけ欲張りなんだろう。
邪魔な気持ちを振り払うようにして、わたしは勢いよくベンチから立ち上がった。
「そっか。サラも練習頑張ってね。相談に乗ってくれてありがとう。それじゃあ、行ってくる!」
「あ、うん」
気の抜けたようなサラの声を背中で聞きながら、わたしは駆け足で教室へ向かった。