君を忘れてしまう前に
「とりあえずファンデとか塗ってみる? 隠せるかなぁ」
「そのうち消えるからいいよ、このままで」
素っ気ない声色が返ってくる。
サラは頬杖をつきながら、テーブルに置いていたスマホのサイドボタンを押した。
『08:35』の文字が浮かび上がる。
そのうちっていつだろう。
わたしはキスマークを付けたのも付けられたのもこれが初めてだ。
幸せムードたっぷりの彼氏と彼女なら気軽に聞けるけど、そんなことをこの流れで聞けそうにない。
とりあえず経験者がそのうち消える、と言っているから、「そう」と返事をするしかなかった。
それにしても、サラにキスマークを付けたことのある女の子なんて、なにもかも揃った完璧な女神さまのような人だったに違いない。
どんなに可愛い女の子に言い寄られても相手にしなかったサラが、酔った勢いとはいえ平凡なわたしと関係を持つなんて思いもよらない出来事だっただろう。
この2年間、サラとは憎まれ口を叩きながらも仲よくやってきたつもりだ。
なにがどうなってこうなったのかは分からないけど、これからどうするべきなのか、すでにわたしの中で答えは出ていた。
「あのさ、」
「なかったことにしよ」
同時だった。
サラはなにかを言いかけたようだけど、わたしの言葉を聞くなり押し黙った。
きっと同じようなことを言おうとしたに違いない。
「分かった」
迷いのないはっきりとしたサラの返事に、ひとまずよかった、とわたしはホッと胸を撫でおろした。