君を忘れてしまう前に
レッスン室のドアを開けると、真正面に座るリカコ先生と目が合った。
昨日の学内コンサートの中間発表が終わってから、リカコ先生と顔を合わせたのはこれが初めてだ。
先生は厳しくも穏やかな表情を浮かべている。
あんな演奏をした後だし、今日は今までで一番叱られる日になるかもしれない。
わたしは内心ビクつきながら、リカコ先生の前に置かれたパイプイスに座った。
「はっきり言うわね。このままだと米村さんのコンサートの出演は取り消しだって」
頭を殴られたような衝撃だった。
サラや香音さんのことが一気に吹き飛ぶ。
自分が今、置かれている現実にようやく直面したような気がした。
「わたしは昨日の演奏は見てないんだけどね。先生方は、コンサートに出る実力に達していないとおっしゃっていて。わたしは普段のあなたを見ていてそうは思えないんだけど。昨日はどうしてそんな演奏になったのか心当たりは……あるのね」
俯いたわたしの視界の端で、小首を傾げるリカコ先生がぼんやりと映る。
わたしは小さく頷いた。
最近は恋愛のことばかり考えていて、音楽にまったく集中できていなかった上に、中間発表の演奏中もずっとうわの空だった。
そんなわたしのいい加減な心の内を、先生達にはすべて見抜かれていたんだろう。
「今後どうなるのかはわたしの判断次第になるわ。レッスンも前以上に厳しくなるけど」
今のわたしにそのレッスンに付いていけるだけのやる気が残っているだろうか。
そもそもわたしには、学内コンサートに出るだけの実力がなかったということが、今回浮き彫りになっただけだとも思う。
返事に困っていると、リカコ先生は優しく微笑んだ。
「あなたが、何事に対しても一生懸命だったことは知ってるわ」
「え……」
「それでも上手く行かずに悩んでいたことも。音楽しか頭になかったことも。最近は、音楽以外のことでも悩んでたのよね」
「そう、です」
「あなたはどうも理想を追いかけすぎちゃうところがあるのよ。だから、理想とは違う現実の自分を否定しちゃうの。あなたの本当のよさはあなたの気づかないところにある。そして、あなたの周りの誰かが見ているわ。それを当てにするのはよくないけれど、実際はそういうものなのよ。他の人の魅力を追いかけるのはもうやめにして。あなた自身と向き合って。今まで頑張ってきた自分を、あなたが認めてあげて。なにも怖がらなくていいのよ」