君を忘れてしまう前に
唇の隙間から注がれる水を、わたしはこくりと飲み込んだ。
「まだいる?」
「いる」
再び唇を重ね、サラがわたしを抱きしめる。
どうしようもなく幸せだ。
サラの胸の中で、次々に湧き上がる幸福感をひしひしと噛みしめた。
「わたし達が付き合ったって知ったら皆、驚くだろうね」
「おれらが元々仲いいことを知らないやつは驚くだろうな。みつきはおれが仁花を好きなの知ってたから、あんまり驚かないだろうけど」
「え……!? サラ、みつきに言ってたの?」
「言ってない。涼は鈍いからそもそも気づいてないと思うけど、おれは隠してなかったよ」
「隠してなかった……? わたし、全然気づかなかったけど」
「仁花も鈍いからな」
「うるさいな」
顔を見合わせて2人で笑う。
「ずっと仁花とこうしてたい。今日の夜は泊まってけよ。明日も一緒にいよ。明後日からまた大学だし」
「あぁ、明日……待って、明日!?」
ガバッと身体を起こして腕を伸ばし、ベッドの下に置いてあったカバンの中を漁った。
「どした? そんなに焦って」
「わたし、明後日にプリント提出しないといけなかったの忘れてた! 音楽理論、成績やばかったんだよね。それで何枚か問題プリントを出さなくちゃいけなくて……」
「ポップスってクラシックの理論はそんなに必要ないよな? 今年も授業とってんの。めっちゃ熱心」
「違うよ……去年、必修の音楽理論を落としたんだよ。再履修だよ……」
「はあ? 去年のやつとか基礎の基礎だろ」
「いやぁ、わたしだめなんだよね。机の前に座るとどうも眠たくなっちゃってさ」
「ばか。そんなこと言ってる場合じゃねぇよ。今そのプリント持ってんの?」
「あるよ」
「じゃあ、今日はこのあとおれがみっちり教えてやるよ」
サラはわたしの手からプリントを奪うと、にんまりと笑みを浮かべた。
甘い雰囲気に呑まれてすっかり忘れていた。
サラは音楽に関してはストイックで完璧主義な人だった。
この後、夜遅くまでサラにしごかれたのは言うまでもない。