君を忘れてしまう前に
「いつできそう? おれ、土日は予定が全部埋まっててさ。平日もバタバタしてて。仁花がいけるなら、夜遅い時間におれの家で作業すんのとかどう? どうせ宅録するつもりだったし」
「絶対むり」
わたしが答えるより先に、サラが素っ気ない返事が聞こえてきた。
サラはかなり不機嫌そうな表情を浮かべている。
「なんでだよ……なんでサラが返事するんだよ」
「遅い時間とかふざけんなよ。涼は一人暮らしだろうが」
「サラもじゃん」
「おれが仁花を家に呼ぶのはいいんだよ。とにかく夜中に宅録とか絶対だめ。日中に大学でやれよ」
「それだとレッスンに間に合わねぇよ! 成績に響く!」
「知るか。涼の都合だろ」
「留年したらどうすんだよ!」
前を歩く2人のやり取りに思わず笑みが零れる。
みつきも同じだったらしく、お互いに顔を見合わせた。
「あの、すみません」
突然耳に届いた可愛らしい声のほうへ振り向くと、そこには女の子が数人立っていた。
服装から察するにクラシックの女の子達だ。
サラに用があるんだろうと思ったわたしは、軽くお辞儀をして一歩後ろに下がった。
「米村仁花さん……ですよね? コンサート見ました。すごく感動しました!」
「コンサートで演奏されてた曲、普段も聴きたいんですけど……どうしたら手に入りますか?」
「え、わ、わたし?」
驚いて固まっていると、みつきにとんとんと肩を叩かれる。
夢から覚めたように意識を引き戻したわたしは、女の子達の顔を一人ひとり眺めた。
皆、目を輝かせている。
「ありがとう……ございます。曲はデータしか持ってないんで、よかったら送りましょうか?」
わたしの提案を聞いた女の子達の顔が、ぱぁ、と花が咲いたように明るくなった。
「嬉しいです〜! ありがとうございます! それから、握手してもらえませんか?」
「ど、どうぞ」
手を差し出すと、女の子達が代わる代わる大切そうにわたしの手を握っていく。
どこかのアイドルになったような気分だ。
女の子達は満足したのか、連絡先を交換した後すぐにその場を去っていった。
「びっくりした。まさかクラシックの子達に声かけられるなんて……」