悲恋の大空
 暗闇、微かな月明かりと懐中電灯の灯り、そして光る眼鏡。



[音乃 渚]
 「もう大丈夫ですよ。 お友達も皆んな心配していますよ」


[朝蔵 大空]
 「は、はい!」



 森で迷子になっていた私は、生徒会長である音乃渚先輩の手によって助けられた。


 思い返して見れば、音乃会長とは集会の時にステージの上で喋っているのを見るだけで、こうやって面と向かって話したことは多分無い。



[音乃 渚]
 「歩けますか?」


[朝蔵 大空]
 「よっと……はい、大丈夫です!」



 私は立ち上がり、音乃会長と一緒に歩き出す。


 音乃生徒会長、柔らかなオリーブ色の髪に、眼鏡の奥に見える優しく温かみのあるブラウンの瞳が、素敵だなといつも思っていた。



[音乃 渚]
 「レクリエーション中に事故があったと聞きましたが、怪我などはしていませんか?」


[朝蔵 大空]
 「事故……?」



 あ、私も忘れてたけど、狂沢くんが私にトラックみたいに突っ込んできて、私はそれに跳ねられて森まで飛ばされたんだよね。


 あれ事故扱いになってるんだ……。



[朝蔵 大空]
 「いえ! 運良く泥っぽいところだったので」



 私が目覚めた場所は地面がぬかるんでいて、土が柔らかくなっていたところだった。



[音乃 渚]
 「そ、そうですねぇ……」



 そう言うと、音乃会長は私を懐中電灯で照らした。



[朝蔵 大空]
 「……?」


[音乃 渚]
 「ははは、かなり汚れましたね」


[朝蔵 大空]
 「あ……泥だらけ」



 髪も靴も泥だらけになり、とてもこのまま皆んなの元に帰れるような状態じゃなかった。



[朝蔵 大空]
 「私、汚いですよね」


[音乃 渚]
 「うーむ」


[土屋 遊戯]
 「うちのお風呂貸してあげるよ!」


[朝蔵 大空]
 「ふきゃあ!!?」



 私は驚いて変な声が出てしまう。



[音乃 渚]
 「おや、ゆーくん。 いつの間に……」



 ゆーくん? 土屋先輩のこと?



[土屋 遊戯]
 「えへへ! こっそりね♪」


[音乃 渚]
 「もう、着いて来てたんですね。 危ないから待っててって言ったのに」


[土屋 遊戯]
 「だってダーリンのことが心配でえっー!!」



 元はと言えば貴方が変な提案してくるから、お馬ごっこレースなんて馬鹿げた遊びが始まったんでしょ!



[音乃 渚]
 「ダーリン?」


[土屋 遊戯]
 「そこにいる女の子のこと! ぼくのペット〜♡」



 ペット……。


 私はいつからあんたのペットになったのよ。



[音乃 渚]
 「コラ、女性にペットだなんていけません。 紳士としての自覚を持って下さいね」


[土屋 遊戯]
 「えへへ〜ごめんなさい! なっちゃん」



 なっちゃん? まさか、音乃会長のこと?


 ゆーくんとか、なっちゃんとか、このふたり凄く親しい仲っぽい。



[音乃 渚]
 「うんうん、ゆーくんは良い子だねぇ」



 音乃会長が土屋先輩の頭を優しく撫でる。


 とても3年生同士とは、同い歳だとは思えないよ、この光景……。



[土屋 遊戯]
 「ほら行こ! ダーリン♪」



 土屋先輩が私の手首を引っ張る。



[朝蔵 大空]
 「え、え、行くってどこにー?」


[土屋 遊戯]
 「ぼくのお風呂貸してあげるって言ったでしょ〜!」



 土屋先輩の、お風呂って……。


 その後、土屋先輩にお風呂と言われて連れて来られた場所は、プライベート温泉のような立派なところだった。



[朝蔵 大空]
 「こ、こんなところ私ひとりで使っちゃって良いの〜?」



 ここら辺の土地を所有してるのは土屋グループらしい。


 あの人、思ってたよりもの凄い権力持ってるのかも……。



[アリリオ]
 「これで、駒は揃った」


[加藤 右宏]
 「……」


[卯月 神]
 「あの」



 湯煎に浸かる大空を小窓から眺めるミギヒロとアリリオに卯月が後ろから声を掛ける。



[アリリオ]
 「こんばんはー」


[加藤 右宏]
 「オー、なんだシン様来てたのかァ」


[卯月 神]
 「いやこっちのセリフですし貴方達、堂々とお風呂覗いてるじゃないですか」


[アリリオ]
 「何を今更、彼女はそもそも観察対象さ」


[加藤 右宏]
 「おー()りぃ悪りぃ、ンじゃ解散解散」



 そそくさと消えていくミギヒロとアリリオ。



[卯月 神]
 「貴方達朝蔵さんをなんだと思ってるんですか!」



 ……。


[朝蔵 大空]
 「あれれー、皆んなって今どこに居るんだろ? てか今何時?」



 お風呂から出たのは良いものの、手荷物とかケータイとか、私は今何も持っていない。


 外に出ると土屋先輩やら音乃会長やらは居なくなっていた。


 泥で汚れちゃったジャージの代わりに今は貰った浴衣を着ているけれど、湯冷めしたら寒そうだな、早く室内に入りたい。



[朝蔵 大空]
 「あ、あの建物を目指せば良いのかな?」



 近くに見える明かりがついた建物の場所まで向かおうと足を動かした、その時だった……。



[花澤 岬]
 「お前!」


[朝蔵 大空]
 「え? きゃっ!」



 体が引き寄せられ、火照(ほて)った体に更に人の体温を感じることになる。



[花澤 岬]
 「やっと見つけたよ!」


[朝蔵 大空]
 「花澤先輩!? どうしたんですか?」



 突然私は、花澤先輩に捕まえられてしまった。


 花澤先輩はその後すぐに私を離して、私達は向き合う形になる。



[花澤 岬]
 「どうしたじゃない!! 今までお前、どこに居たんだ!」



 は、花澤先輩が怒ってる!


 なんで花澤先輩がこんなキレてんのー?



[朝蔵 大空]
 「お、落ち着いて下さい!」


[花澤 岬]
 「落ち着けるわけないだろ?」


[朝蔵 大空]
 「あ、はいそうですよね、すみません」



 でも助かった、私は本日2回目の迷子になりそうだったから。



[花澤 岬]
 「その格好は……?」


[音乃 渚]
 「花澤くん、君も彼女のことを探してくれていたのかい?」


[花澤 岬]
 「!?」



 声のしたほうを見ると、少し離れたところから私達のことを見ている土屋先輩と音乃会長のことが目に入った。



[朝蔵 大空]
 「会長ー!」


[音乃 渚]
 「花澤くん?」


[花澤 岬]
 「……」



 ん? 花澤先輩が音乃会長のこと睨んでる?


 気のせいかな。


 なんだろう、こう見比べると。


 どっちも眼鏡掛けてるけど、花澤先輩は厳しく冷たい雰囲気のある眼鏡男子で、音乃会長は優しくてほわほわとした眼鏡男子だよね!


ちなみに私は、眼鏡男子には死んでも眼鏡を外してほしくない派っ!



[土屋 遊戯]
 「はい花澤くんそこ退いて〜」


[花澤 岬]
 「ちょっ……」



 土屋先輩が私のほうに駆けてくる。



[土屋 遊戯]
 「はいダーリン♡」


[花澤 岬]
 「なっ……」


[朝蔵 大空]
 「なんですか、これ?」



 何やら小さめの水筒のような物を土屋先輩から渡された。



[土屋 遊戯]
 「特製ジュースだよ、喉乾いたでしょっ」


[音乃 渚]
 「疲れたでしょう、今夜はゆっくりして下さい」


[朝蔵 大空]
 「ありがとうございます……」


[土屋 遊戯]
 「あ、水筒返さなくて良いからねー。 あと、汚れた服も洗濯しといてあげるー」



 私はお風呂から出たばかりで喉がもうカラカラだったので水筒から水分を取る。



[音乃 渚]
 「朝蔵くん」


[朝蔵 大空]
 「はい?」


[音乃 渚]
 「部屋までお送りしますよ」


[花澤 岬]
 「あ、ダメ!」



 ダメ? 何がダメなんだろう、花澤先輩。



[音乃 渚]
 「え?」


[花澤 岬]
 「俺が、俺が送って行きますんで。 会長達はもう先に休んでもらって大丈夫です」


[音乃 渚]
 「……分かった。 じゃあお願いします」


[土屋 遊戯]
 「えー、花澤くんとダーリンがふたりきり〜? 何か起きるに決まってんじゃん、なっちゃんもそう思うよね!?」


[花澤 岬]
 「なんもしない!!」



 はぁ、これ以上何か事件が起きたら私心労で死んじゃうよー……。


 体ビキビキだし、もう早く帰ってベッドで寝たい!



[音乃 渚]
 「またね、朝蔵くん」


[土屋 遊戯]
 「そこの野郎はマジでなんもすんなよ!」



 土屋先輩と音乃会長がふたりで去って行った。


 あの人達は逆にどこに向かってったわけ?


 ああもう色々考えたくないかも……。



[花澤 岬]
 「行こうか」


[朝蔵 大空]
 「は、はい。 あの、私のこと探してくれてたんですか?」



 なんで花澤先輩が私なんかのことを……しかもこんな夜まで。


 て言うか、私森の中でどんだけ気失ってんのよ……。



[花澤 岬]
 「……探すよそりゃあ」


[朝蔵 大空]
 「ど、どうして」


[花澤 岬]
 「だ、大事だから」





 グ〜。





[花澤 岬]
 「い、今の何?」


[朝蔵 大空]
 「はぁ、お腹空いた」



 今鳴ったのは私のお腹の音だ。



[花澤 岬]
 「夕食の時間はとっくに終わったぞ」



 今日なんて朝ご飯しか食べてない、昼間ずっと眠ってたんだもの。



[朝蔵 大空]
 「あ! そうだ!」


[花澤 岬]
 「こ、今度は何?」


[朝蔵 大空]
 「さっきもう1つ土屋先輩から持たせてもらったんだったぁ」



 私は土屋先輩から貰ったランチボックスを開く。



[朝蔵 大空]
 「わぁ美味しそー、お箸も付いてるー」



 お腹が減りに減っていた私は、目の前のお弁当を頬張る。



[花澤 岬]
 「こ、こで立って食うの?」


[朝蔵 大空]
 「あは、空腹に耐えられなくて。 ベンチとか無いし……」



 周りを見渡しても座れる椅子は無く、まあ地面に座って食べてもいいけど。


 私はその場に腰を下ろそうかと迷っていた。



[花澤 岬]
 「お、俺がベンチになってもいいけど」


[朝蔵 大空]
 「はひっ?」



 花澤先輩、今なんて言った?



[花澤 岬]
 「いいよ、座って」



 気付いた時は花澤先輩は下で四つん這いのポーズになっていた。



[朝蔵 大空]
 「ななな、何やってんすか?!」


[花澤 岬]
 「いいから、足辛いだろ」


[朝蔵 大空]
 「だ、大丈夫ですよ! た、立って下さいよ!」



 私は必死に拒み、花澤先輩も諦めてその場に立ち上がる。



[花澤 岬]
 「ほんとに大丈夫?」


[朝蔵 大空]
 「大丈夫です大丈夫です」



 び、びっくりしたぁ。


 さっきの花澤先輩、何?


 急に四つん這いになって、俺に座れとか、先輩相手にそんな失礼なこと、出来るわけないじゃん!!



[花澤 岬]
 「なぁ、朝蔵」


[朝蔵 大空]
 「はい?」


[花澤 岬]
 「お前、土屋と付き合ってんの?」


[朝蔵 大空]
 「へ? 付き合ってないですけど」



 私が付き合ってるのは卯月くんです!



[二階堂先生]
 「朝蔵ー!」


[朝蔵 大空]
 「あ、先生」



 ホテルのロビーに入ると、二階堂先生が待っていてくれていた。



[二階堂先生]
 「心配したよ」


[朝蔵 大空]
 「すみません!」


[二階堂先生]
 「謝らなくて良いよ、とにかく無事で良かった。 なんだ、花澤も一緒だったのか」


[花澤 岬]
 「はい」


[二階堂先生]
 「ありがとう。 お前ももう休め」


[花澤 岬]
 「分かりました」



 先生にそう言われた花澤先輩は、エレベーターに乗って自分の部屋に戻って行った。



[永瀬 里沙]
 「大空ーー!!」



 里沙ちゃん! 里沙ちゃんも寝なずに待っててくれてたんだね!



[永瀬 里沙]
 「マジ明日狂沢に本気で謝らすから!」


[朝蔵 大空]
 「あはは、事故だよ、事故」



 ……。



[古道 大悟]
 「岬遅いなぁ」





 ガチャ。





[古道 大悟]
 「あ、帰って来た!」


[花澤 岬]
 「ただいま……」


[古道 大悟]
 「遅すぎ! 何してたの?」


[花澤 岬]
 「朝蔵のこと、探してた」


[古道 大悟]
 「は? 迷子になってたって言うやつ? 夕食の時もお前居なかったし、まさか今までずっと探してたの?」


[花澤 岬]
 「疲れた……シャワー浴びてから寝るから」



 掛けていた眼鏡をテーブルに置いてシャワー室に入って行く花澤。



[古道 大悟]
 「岬……」


[古道 大悟]
 (なんであの子なんかに、そんな本気になるわけ……!)





 おわり……。
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