私を導く魔法薬

記憶喪失の彼

 一応口には入ったらしい。男は呆然とした後、下を向き頭を押さえる。
 すると男の周りから発せられる吹雪は強弱を繰り返し、やがて完全に止んでいった。

「…ずいぶん不安定ね…。どう?少しは落ち着いた?」

 ダリアは心配になり膝から崩折れた男にそう声を掛けたが、先ほどの子鬼とのやりとりを思い出し、すぐに顔を逸らす。

「…私は魔女よ。私と関わる気がないならこのまま出て行っていいわ。氷の季節をこの森に二度と持ち込まないって約束するならね!…どうせあんたも、人間と魔族の間の私を嫌うんでしょ」

 常に一人だった自分。
 男も魔族であるなら、魔女である自分を特別視しているに違いない。
 もしかしたら、自分を追い出すためにこの森に男が来たのかもしれないとまで思った。

 チラリと男の様子をうかがうと、男は先ほどよりしっかりとした様子で彼女を見つめていた。

「…俺は自分が何者かを忘れてしまった。魔女が怖いものなのかどうかの覚えもない。ただ一つ確かなのは、お前は他を気遣うことの出来る者だということ。自分が何をしに森に来たのかはまだ定かではないが、お前のおかげではっきりとした意思を取り戻せた。感謝する、魔女」

 先ほどとのあまりの様子の変わりようにダリアは面食らった。
 しかし、話の出来る相手だと分かり、彼女の気分もだいぶ落ち着いていった。

「…なぜここに来たのかを思い出せないんじゃ、対策も立てられないじゃない。何者かも分からないし。でもあんた自身には敵意も無いようね…何かに操られていたのかしら?」

 その問いにも、男は何も思い出せないらしく静かに首を振った。

 原因も分からないまま男を帰したところで、また同じようなことが起きるかもしれない。
 相手付き合いの無いダリアではあったが、面倒見は悪くはなかったらしい。

「…いいわ、ここへはめったに誰も来ないもの。その忘れた記憶、何とかしてみてあげる」

 ダリアはそう言うと、家近くの森の湖に男を連れて行った。
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