新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜
折原さんは、春巻きを口に頬張りながら独り言のように言っている。
高橋さん。こんな場所に来ても、仕事の話をしなければならないなんて。きっと、せっかくの部内旅行なのに慰安とは名ばかりで休まる時間もないんじゃ……。
「矢島ちゃんだって、そう思わない? 何もこんなところまで来てわざわざ仕事の話をするんだったら、会社でしてから遅れてくればいいのよ」
「そうですよね。話が終わってから、ホテルに来られれば良かったですよね」
「でも、それが出来ないのがあの部長なのよ」
出来ない?
「出しゃばり部長だから、乾杯の音頭だけは譲れなかったんでしょ? そういう時だけは、しゃしゃり出たがる奴っているじゃない。まさに、その典型。自分の用事が終わったもんだから、高橋を呼んで仕事の続きを始めたんでしょ。高橋も、酒の席なんだから適当にあしらえばいいのに……。それにしても、恋愛って難しいわよね?」
エッ……。
「そう思わない? 同じ人間なのに、男と女じゃ考え方が全然違ったり、同じ男でも人によって感性が全く異なったりするじゃない?」
「そうですね……」
高橋さんは、どうなんだろう? 考え方だけじゃなく、全ての面で異次元の人に思えてしまうことがよくある。
「さっきの話の続きじゃないけど、矢島ちゃんは思い詰めるタイプみたいだから、もっと仕事も恋愛も楽に考えた方がいいわよ。仕事は楽ではないけれど、でも嫌々やっていても得るものはないし、捗らないから成果も上がらないでしょう? それと同じで恋愛だって、楽しくなければ上手くいかない。もちろん、恋愛だって常に楽しいわけじゃないけれどね。でも苦しい、辛いと思う気持ちが全面に出てしまっていては、仕事も恋愛も順風満帆には進まないから」
折原さん……。
「なーんてね。分かったようなこと言ってるけど、でも独占欲が出ることだってあるわよね。何で、私だけのものにならないんだろう? って、よくある台詞じゃないけど、そういう気持ち、少なからず誰だって持ったことあると思うもの。会えない時間が自分を育てるとか、恋愛相談なんかの本に恋愛攻略のバイブルですとか謳って知ったようなこと書いてる人もいるじゃない? でも、会いたい時は理屈抜きにどんなことしたって会いたいんだって。自分を育てるとか、そんなこと言ってる場合じゃないってぐらい、切羽詰まって会いたい時だってあるんだから」
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