新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜
ぶつかった人達は、高橋さんより後輩なのに高橋さんは敬語で話していて、それが胸を締め付けられるように哀しい気持ちにさせる。何でだろう?
「高橋さーん。膝を打っちゃったみたい」
膝?
そう言って、美奈という人は左足の膝をさすった。
「立てますか?」
「無理ぃ」
無理って……。
大丈夫なんだろうか? 
「高橋さーん。お部屋まで、連れて行ってくれません?」
お部屋って、何で?
そんなに酷いのだったら、病院に行った方がいいような気がする。
「分かりました」
エッ……。
高橋さん?
そんな……。
美奈って人のお部屋まで、連れて行ってあげるの? 
前に、会社の警備本部前で転んでしまったことを思い出した。その時、高橋さんは私を抱っこしてくれて……。想像しただけで、何とも言えない気持ちになった。
「心配しなくても、大丈夫よ」
エッ……。
折原さんが、ポン!と私の肩を叩いた。
「せっかくの宴の席なんだから、そんな哀しい目はしないの」
折原さん。
「高橋なら、大丈夫。矢島ちゃんが何を心配しているのか知らないけど、高橋は何処までいっても高橋よ」
高橋さんは、何処までいっても高橋さん?
「あの……」
「たとえ酒が入っていようが、いまいが、理性を失うようなことはないから。高橋は、絵に描いたような常識人でしょ? こんな席で、まして相手が社内の人間であればこそ、尚更。立場的に背負っているものが大きい分、責任も重いことは本人が一番自覚してる。高橋と同い年でも、高橋と私では見ている世界が違う気がするもの。高橋は、入社当時から学生気分の抜けない同期とは、比べものにならないぐらいかなり大人だったしね」
見ている世界が違う……。
高橋さんと折原さんとでも見ている世界が違うというなら、当然、私とも見ている世界が違うわけで。
「高橋さーん。お部屋に行く前に、お腹空いたから何か食べてから行きたいんですけど」
「そうですか。分かりました。それじゃ、何か取ってきましょう」
高橋さん……。
「あっ。高橋さん。料理なら、大丈夫です。もう席に確保してありますから。早く、出納の席に行きましょう?」
「……」
高橋さんは、あとの2人に背中を押されるようにして出納の席の方へと連れて行かれ、途中、会計の席の横を通る時に一瞬目が合ったが、バツが悪くて慌てて下を向いてしまった。そして次に顔を上げた時には、高橋さんは半ば強引に出納の席に座らされていた。
幸か不幸か、出納の席は会計の直ぐ横なので、否が応でも此処からよく見えてしまう。
「高橋さんは、好き嫌いありますぅ?」
「特には」
「じゃあ、何が好物ですか?」
「どうなんでしょう」
「やっぱり、可愛い女の子とかぁ?」
「……」
「やめなさいよ。はしたない」
「とにかく、乾杯しましょう。高橋さん。何、飲まれますぅ?」
会話も、何気に聞こえてきて嫌だな。
「なーんか、気に入らない」
「えっ? わ、私ですか? 折原さん。何か、私……」
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