新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜
唐突に折原さんが言ったので、思わず聞き返してしまった。
「違うわよ。矢島ちゃんじゃないわよ。さあ、余興が始まると暗くなっちゃって、美味しく見えなくなるから、早く食べちゃいましょう」
「はあ……」
折原さんに言われたけれど、とても食べる気分じゃなかった。高橋さんのことが気になって仕方がない。でも、会話の内容は聞きたくなくて……。
「それでは、皆さん。食べながら、飲みながら楽しく。ここからは、余興のコーナーです。まずは、有志によりますバンド演奏です。皆さん、拍手でお迎え下さい」
余興が始まって会場内の照明がだいぶ暗くなると、演奏が始まって楽しい曲にはみんな手拍子をしていたので、一緒に曲に合わせて手拍子をしながら高橋さんの方を見ると、美奈という人が高橋さんの肩に頭をもたれかけようとしている姿が見えた。
嘘。
しかし、高橋さんが直ぐに体勢を元も戻させると、美奈という人はムッとしてビールを一気飲みすると、高橋さんの目の前に空いたグラスを差し出してお酌を強要している。けれど高橋さんは、嫌な顔せずに美奈という人にビールを注いだ。
すると、今度は美奈という人が高橋さんにビールを飲むように言ったのか、高橋さんがビールのグラスに入っているビールを飲み干すと、美奈という人がまたそのグラスにビールを注ぎ、無理矢理乾杯をしてまた美奈という人はビールを一気に飲み干し、高橋さんにお代わりのお酌をせがんでいる。
「あの、ちょっとトイレに行ってきます」
そう告げると、折原さんは微笑んで頷いてくれた。
見たくない。あんな高橋さん……。
気持ちを落ち着けようとして宴会場を出てトイレに向かい、メイクを直しながら鏡に映った自分を睨んだ。
何に対して怒っているんだろう?
誰に対して?
あの美奈っていう人に? 
それとも、高橋さん?
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