天才ドクターは懐妊花嫁を滴る溺愛で抱き囲う
彼女の口から語られたのは、多恵と貴美子の若かりし頃の恋と友情の話だった。
初めて聞く祖母の話題に興味を引かれ、羽海は緊張を忘れて多恵を食い入るように見つめる。
「当時、結婚というのは家と家の結びつきだったの。貴美子さんの家は病院運営権獲得、御剣家は資金援助が目的で、本人たちの意思は関係ない政略的な縁談ね。でも、私と洋次さんが恋仲だと貴美子さんは知っていた。だから彼女は結婚話を断って、家を出る決心をしたの」
「それが、おじいちゃんとの駆け落ち?」
「えぇ」
祖母から何度も聞かせてもらったロマンチックな恋の逃避行。
決められた縁談を断ったのは祖父がいたからというだけでなく、結婚相手が友人の想い人だったからなのだ。
「けれど、当時洋次さんのご両親がやっていた診療所は経営が立ち行かず、貴美子さんの家の援助に頼るしかなかった。病気の人を助ける場所を維持するには、少なからずお金が必要だもの。それを理解していた貴美子さんは、自分が自由に出来る着物や宝石すべてを換金して洋次さんに渡してくれたの。『これで診療所と多恵さんを守ってください』と言って」
「おばあちゃんが……」
「彼女だって家を出て、当時庭師だったご主人と着の身着のまま逃げるには先立つ物が必要だったはずなのに。貴美子さんは私や洋次さん、そして町の診療所を守ってくれた」
「だから多恵さん、おばあちゃんを恩人って……」
「ええ。この病院はいろんな人の思いで成り立っている大切な場所。それを維持するために財団として運営を安定させ、後進へ繋いでいかなくてはならないと思っているの。それにはお金が必要だけど、決してお金だけあればいいわけじゃない」