天才ドクターは懐妊花嫁を滴る溺愛で抱き囲う
(多恵さんはどう思ったんだろう。彗さんの耳にも入ってるのかな。きっとふたりとも失望したよね……)
彗には〝不貞行為をした〟と言って結婚を断ったのだ。きっと羽海が妊娠したと聞き、隼人が父親である可能性を考えただろう。
お腹の子供の父親を偽るなんて、決してしたくなかった。それなのに、いつの間にか隼人の思うツボのようになっている。
「ねぇ羽海さん。貴美子さんから私達の話は聞いているかしら?」
「……え?」
「彼女はね、私やこの病院にとっての恩人なのよ」
羽海が真っ青な顔で多恵を見つめたまま固まっていると、ホースの水を止めた多恵が「あそこの日陰に座りましょう。立ちっぱなしでは身体に障るわ」とベンチに促した。
ふたりで並んでベンチに腰掛けると、多恵は羽海に弁当を食べるよう勧めてくれたが、なにを言われるのかと気が気でなく、とても食事をする気になれない。
小さく首を横に振ると、眉尻を下げた多恵が困ったように笑ってから、ゆっくりと話し出した。
「私の亡くなった主人、前理事長の御剣洋次は元々小さな町医者の息子でね。洋次さんのお父様の腕もよくて評判は悪くなかったのだけど、資金繰りが難しくて診療所は存続の危機だった。そんな時、華族であり大地主の娘の貴美子さんが彼に嫁ぐ話が持ち上がったの」
「多恵さんの旦那さんに、うちのおばあちゃんが?」