おめでとう、あなたが俺の運命です。〜薄紅色の桜紋様は愛の印〜
3
美華(え――?)

ドアの向こうの光景が信じられない美華だが、そこから動けずにいる。美華がいることなど知らない男二人は会話を続ける。

鷹緒「あの娘に言われたよ。『一度会っただけの相手に結婚だなんて、頭がおかしいんじゃないのか』だとさ。……そんなこと、誰よりもこの俺が一番よくわかってるというのにな」
男「けど、『花嫁』なんて所詮言い伝え……伝説みたいなものだったんじゃないのか?」
鷹緒「伝説?『花嫁』が伝説だとしたら、この俺は?この瞳と能力についてはなんと説明がつくんだ?」

苛立つような口調の鷹緒の表情がようやく見える。
照明に照らされた厳しい顔の鷹緒の瞳は、先程までと打って変わって「薄紅色」に輝いている。

美華(――瞳の色が――?)

驚いてカタンと物音を立ててしまう。

美華(いけない――!)

慌てて取り繕おうとするが、ドアがガチャリと開けられてしまう。

鷹緒「やあ。()の愛しい人。こんな夜更けにどうしたのかな?」

先ほど迄の激昂した様子は微塵も見せずに、壁に手を付き美華に覆い被さるようにして、相変わらず甘く、けれどどこか威圧的な声で語りかける鷹緒。

ナレーション:
今日ずっと見てきた紳士的な態度と甘い声――。
けれど、それが作り物(偽り)だったと今ならわかる。

甘い言葉とその態度にまんまと絆されそうになった自分にも腹が立つ美華は、悔しそうに鷹緒を睨みつける。

美華「――私の事小娘だって……気に食わないっていうのなら、なんでこんなところに連れてきたんですか?!」

美華は更に鷹緒に問い詰める。

美華「大体伝説ってなんですか?『花嫁』って何なんですか?」

鷹緒はほんの少し目を細めて思案する様子を見せる。

鷹緒「……取りあえず、中に」

美華に部屋に入るように促す。

○鷹緒の部屋の中
鷹緒は本棚から一冊の本を取り出すと、荒っぽい仕草で美華の目の前のテーブルに投げ置く。
そんな様子を見つめる美華。

美華(――昼間の甘い表情が嘘みたい。御曹司らしくないけど、()()()が素なのかもしれない……)

鷹緒は尊大な口調で本を指差しながら美華に質問をする。

鷹緒「この本は知っているか?」
美華「これは――?」

ナレーション:
昔々――見事な桜が咲き誇る山に迷い込んだ男が、皮膚を剥がされた憐れな兎を見つけました。可哀想に思った男は傷を手当し自身の着物を着せてあげました。
すると兎はみるみるうちに美しい娘の姿に変わり、男に礼を述べました。
「私は桜の精霊です。心無い人に木の皮を剥がされ、枯れてしまう所でした。助けてくれてありがとうございました」
心優しき男と美しい桜の精霊。二人はたちまち恋に落ち、山を降りてやがて夫婦となりました。
けれど人と精霊の婚姻を、山の神はお許しにはなりません。精霊を山へと連れ戻すと仰いました。
精霊の力では山の神には敵いません。別れ際、精霊は最後に男に言いました。
「私はいつか、必ずあなたの元に戻ります。だから、あなたも私のことを忘れないでいて」と――。

美華(――悲しいお話……。)

そっと絵本を閉じるが、これが何を意味するのか理解が出来ない。怪訝そうな顔で鷹緒を見つめる。

美華「――昔話の絵本、ですか?これがなにか?」
鷹緒「昔話……か。」
美華「?」
鷹緒「……これはただの物語ではない、と言ったら?」

先程の若い男が話に割り込んでくる。

男「この話はね、続きがあるんだよ」
美華「え?」
男「引き離されると知った時、精霊は男に加護を与えたんだ。男が幸せに暮らせるように。そして――男が何度生まれ変わったとしても、精霊が男を見つけられるように、と」

ナレーション:
不思議な力を手にした男は、その力で巨万の富を得た。そして独身を貫いた男は親族から引き取った子供に全てを与え、それが漆山家の祖となった――。

美華「じゃあこの話って……」
鷹緒「俺の祖先の……本当にあった話だ」

驚いて鷹緒を見つめる美華。

男「鷹緒の――桜色の瞳には気がついたかい?あれが精霊の加護の印ってやつさ。初代が亡くなってから何十年に一度、漆山家に生まれるという加護の力を持った持った男。それがこの漆山鷹緒なんだ」
美華「加護の力……」

改めて鷹緒をまじまじと見つめる美華。

男「代々、桜色の瞳を持つ者が生まれると、更なる繁栄が約束されると言い伝えられているんだ」
鷹緒「馬鹿馬鹿しい話だがな」
男「……だからこそ、鷹緒は次期漆山グループの頂点に立つとも言われている」
 
不愉快そうな顔をする鷹緒は就寝前に見た紳士的な雰囲気とは一変した荒々しい所作で、髪をくしゃりと掻きむしる。
(補足:シャツのボタンは襟元から2つばかり外されて、服装はやや乱れている。窮屈だったと思われる)

美華(桜の精霊とか加護とか転生とか……正直頭がついていかない。けど、目の前のこの桜色の瞳を見せられてしまったら……それが本当のことなんだと、信じざるを得なくなってしまう……)

美華「……漆山さんの事はわかりました」

躊躇いがちに美華は口を開くが、すぐさま「でも、」と再び強い眼差しで鷹緒と男を見つめる。

美華「それと、私となんの関係があるんですか?」

鷹緒はキラリと目を光らせる。

鷹緒「俺はお前と初めてあった日――あの日、お前に触れた時、何か(・・)が身体の内側から突き破ってくるような、今まで感じたことのない衝撃を感じた。……お前に何か異変はなかったか?」
美華「……異変?」

訝しげに首を傾げるが、ハッと思い出す。

美華(この手首――!)

急に出来た赤い痣のようなもの。まさかこれが?と、咄嗟に痣を隠そうとするが、目ざとい鷹緒に見つかってしまう。

鷹緒「……ああ、これか」

鷹緒は手首を掴むとそこへ口づけをする。
その途端、美華の身体はドクリと大きく脈打ち、苦しい程に熱くなると共にブワリと濃い桜の香りが辺りを包む。やがて熱は手首へと集まっていく。

美華「――――!!!」

焼けるような痛みに顔が歪むが、それも一瞬のこと。
熱と痛みが引いた後の手首には薄紅色の、けれどくっきりと浮かび上がる、桜紋様の痣ができていた。
ゴクリと息を呑む三人。

美華「えっ……な、何これ!」
鷹緒「……これが、『花嫁』の証、か……」
男「伝説は、本当だったんだな……」
美華「伝説って?何でこんなことに?」

狼狽える美華の手首を掴んだ鷹緒がその痣を親指で撫で上げる。

男「十数年前、桜の精霊が宿るとされる老木が雷に打たれて二つに割れて燃え崩れたんだ。……そしてその一報を聞きた漆山家の皆はこう思った」

ナレーション:
遂に、桜の精霊が生まれ変わる時が来た――。

鷹緒「おめでとう。お前がその桜の精霊の生まれ変わり――。俺の運命の相手だ」

美華の手を恭しく取り、鷹緒は敬意を払うかのように頭を垂れて指先にキスをする。

美華は掴まれた腕を振り払う。

美華「生まれ変わりですって?でも、私は私。前世の記憶なんて何もないわっ!」
鷹緒「奇遇だな。俺もそんなもんは持ち合わせてねえよ」
美華「じゃあ、なんで『花嫁』に拘るんですか?そんなの放っておけばいいじゃないですか」

ため息をついた男が話を引き取る。

男「漆山グループと言っても一枚岩じゃない。伝説を信じない者たちもいるってことさ。鷹緒だけが後継者ではない、と。」
鷹緒「だが俺は、与えられるべきものは、何としてでも手に入れてみせる」

クイと美華の顎を指で掬う。

鷹緒「だからこそ真の後継者として、より伝説に真実味を持たせるために『花嫁』が必要なんだ」

沈黙が三人を襲う。

美華「……お断りします」
男「なんで?!」
美華「何かを手に入れるための『モノ』扱いされて、喜ぶ人なんていないでしょ?!馬鹿じゃないの?」
男「だからって……!」

美華と男のやり取りを黙って聞いていた鷹緒だったが、男を手で制して美華に振り返る。

鷹緒「そうか……。ならお前はどうしたい?」

物わかりが良すぎることへ違和感を感じながらも美華は口を開く。

美華「……取りあえず、この話はなかったことにして、家に帰りたいです」
鷹緒「……そうか。わかった。では明日、送っていく」
男「そんなっ!いいのかよ?」
鷹緒「いいも悪いも本人がそういうんだ。仕方ないだろう


再び紳士的な笑みを浮かべた鷹緒は美華に頭を下げる。

鷹緒「夜遅くまで付き合わせて悪かったな。ゆっくり休んでくれ」

急に礼儀正しくされて戸惑いを感じる美華だが、それを意識しないように部屋を出るのだった。

○次の日
自宅へと帰る車の中。
鷹緒の瞳は黒に戻っている。
昨日とは打って変わって座る距離が離れている二人。
沈黙が気まずいやら、瞳のことが気になるやらで美華は鷹緒に尋ねることにする。

美華「……あの、瞳の色……。今日は桜色じゃないんですね」
鷹緒「いつもああだと日常生活に困るからな。その辺りは桜の精霊さんとやらも配慮してくれたようでな」

ちらりと美華を見て質問に答える鷹緒だが、そう言ったきり外を向いてしまう。そのまま考え事をするように黙り込んでしまうので、美華は続きを何も言えなくなる。

美華(痣ができた以外は、何にも変わったことがないんだもの……。昨日のことは夢だと思って忘れたほうがいいんだよね)

手首をじっと見た後で、視線を窓の外へと向けると、景色は美しい緑が生い茂る森から、見慣れた住宅地へと変化している。
「日常に戻ってきた……」ホッと息をつき車から降りた美華の目に「借家」の看板のついた自宅が目に入る。

美華「え……?なに、コレ……」

スーツを着た不動産屋らしき人物が目に留まり、急いで捕まえる。

美華「あっあの!これ、借家ってどういうことですか?」
不動産屋「この家の人、急きょ海外に長期出張することになったとかなんとかで、貸し出すことにしたらしいんだよね」
美華「えっ?わ、私ここの家の者なんですけど……!」
不動産屋「あ?そうなの?ならよかった。実は依頼主から娘さんに届けるようにって手紙預かってたんだよね」

美華に手紙を手渡す。

手紙の内容:
急なんだけど、通訳の契約が決まって三年くらいイギリスに行くことになりました。久しぶりの大口契約よっ!ママも頑張るから美華も漆山家で頑張ってね!

手紙を読み終え、震える美華だったが、我に返って慌てて不動産屋に声をかける。

美華「不動産屋さん!私、ここに住みますから契約破棄してください!」
不動産屋「ごめんねー。未成年者とは取引できないんだよねー」
美華「そ、そんな……」

そんな美華の後ろから、しれっとした声の鷹緒が声をかける。

鷹緒「()の花嫁さん。どうかしたのかな?」
美華「あ、あなたの仕業でしょ?こんな急に長期の仕事が入るなんておかしいもの!」
鷹緒「嫌だなあ。偶然じゃないのかい?」
美華「偶然って……!!」

美華は悔しそうに鷹緒を睨みつけるが、鷹緒はどこ吹く風といった表情をする。

鷹緒「……で、家なき子の花嫁さん。これからどうするつもりなんだい?」

ニヤニヤと人の悪い、追い込むような視線を感じながら、美華は観念したように項垂れて絞り出すような声を上げる。

美華「漆山さんちにお世話になり……」
鷹緒「え?聞こえないなあ?なんだって?」

白々しい鷹緒を悔しそうに見つめる美華は奥歯をギリリと噛みしめる。

美華「あーもう!わかった!わかりましたよ!漆山さんちにしばらくお世話になりますってば!!」

美華のありったけの大声は、青空へと吸い込まれていった。
< 3 / 5 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop