おめでとう、あなたが俺の運命です。〜薄紅色の桜紋様は愛の印〜
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○車内
美華は改めて鷹緒の姿をまじまじと見つめる。サラリと流れ落ちる艷やかな黒髪と輝く瞳、長いまつ毛にスッとした鼻梁、プルリと潤った柔らかそうな唇。広い車内に投げ出された長い足。
美華(改めて見ると、すっごいイケメン……。しかもセレブだなんて、こんな完璧な人見たことない……。けど……。)

警戒心丸出しといった様子でギリギリまで距離を置いて座る美華と対象的に鷹緒は溺愛さながらの甘い笑顔を見せながら満足そうに美華の手を繋いでいる。

美華「……あの、これってドッキリか何かだったりしますか?」
鷹緒「ドッキリ?いや、違うよ」(面白そうなことを言うな、という顔をして)
美華「じゃあ、これって一体どういう状況なんですか?」
鷹緒「どうって?」

意を決した顔をして、鷹緒に挑むように目を向けるが先程のことを思い出して、ボン!と顔が真っ赤になる美華。けれど必死にしどろもどろになりながらも鷹緒を質問攻めにする。

美華「会ったばかりの人の家に来て、色々捲し立てたかと思うと、母の前であんな……キ、キスとかまでして……」
鷹緒「ああ……ごめんね?君が可愛すぎてつい我慢できなくて」

鷹緒、繋いでいた美華の手を自らの口元に寄せる。
自分の魅力を最大限に活用したと言わんばかりな、わざとらしい程に色気たっぷり誘うような仕草。
美華は慌てて手を振り解くが、その初々しい様子に鷹緒はどこか楽しそうに口調で笑いながら、にじり寄って問いかける。

鷹緒「……もしかして、キス、初めてだったとか?」
美華「――なっ!」
鷹緒「キスだけじゃなくて、手を繋いだりするのもはじめてだったりするのかな?」
美華「な、な、な、な、な……」

図星をさされて言葉も出ない美華を見て、鷹緒は嬉しそうに笑みを深める。

鷹緒「そっか。初めてだったか――。僕のお嫁さんは純真無垢なんだね」

混乱して思考がショートする美華の顔に手を添えて、鷹緒の顔が近づいてくる。

鷹緒「僕の運命。……大切にするからね?」

近づいてくる鷹緒からフワリと華やかなフレグランスの香りがする。

美華(あ、いい匂い……桜……?)

美華、思わずうっとりするが、ハッとした顔をする。

美華「あっあの!さっきから、運命やらお嫁さんとか仰ってますけど……」
鷹緒「うん。そうだよ愛しい人」
美華「――い、愛しい人って!」

流されそうな雰囲気になるも、慌てて手を前に顔を合わせるガードして抵抗する美華。そんな様子に鷹緒は一瞬影を見せるが、気を取り直したように再び甘く微笑む。

美華「大体一度会っただけの相手に結婚だなんだって……。頭おかしいんじゃないですか?」
鷹緒「そうかな?……そうかもね」
美華「ほ、ほら。やっぱり!」
鷹緒「……でも、運命の相手が目の前に現れたら、不可解と言われようとも、皆その人を手に入れる為に、どんなことでもするものではないかな?」
美華「……」

先程と同じ甘く優しい声色ながら、どこか反論を許さないような冷たさも感じる口調。その威圧感のような、何か違和感のようなものに気圧された美華は思わず黙り込み、気まずさから視線を一旦反らし窓の外に向ける。
車窓は見慣れた住宅街から、いつの間にか緑生い茂る木々の風景に変わっている。

美華(都会の真ん中に、こんな緑の多い場所が――?)

景色に見とれている美華に鷹緒から声がかかる。

鷹緒「さあ、ついたよ。僕のお姫様」

再び手を繋がれてエスコートされた先に見えたのは、見たことのないような広大な庭園のような敷地に佇む豪邸。

美華「え、ここは――?」
鷹緒「ようこそ、僕の家へ」

○鷹緒の家の中
豪華な装飾の広い邸宅内。
驚きながら屋敷の中へ入ると執事らから挨拶を受ける。

執事、メイド、ばあや「おかえりなさいませ」
鷹緒「トメ。大切な人を連れてきた。丁重にもてなすように」

美華をトメと呼ばれたばあやらに引き渡す。

鷹緒「それではまた。夕食の時に会おう」

美華の手をそっと取ると、指先にキスをして貴賓室へと向かう美華を見送る。

室内へと促された後、抵抗しながらもメイドに風呂に入れられ、磨かれ、ドレスアップさせられる美華。

トメ(ばあや)「ようやく坊ちゃまは、素敵なお嬢様と巡り合うことができたのですねえ」(感慨深げに)
美華「いやあ…」
トメ「……お亡くなりになった大旦那様にもお見せしたかったですねぇ」
美華「……え?」
なんと返事をしてよいかわからず口ごもる美華だったが、ポツリと呟いたばあやの言葉に思わず反応してしまう。

美華(そういえば私、漆山さんのこと、何も知らない……)

ふとトメの言葉が気になって、質問をしてみることにする。

美華「あの、漆山……鷹緒さんてどんな方なんですか?」
ばあや「え?」
美華「あの、私、出会ってまだ時間が立っていないものですから」

まさか昨日の今日でわけも分からず連れて来られたとは言えず、誤魔化す美華にばあやは「あらまあ突然の嵐のような恋愛、ってやつなんですのねえ」と言いながら美華の問いに笑顔で答える。

ナレーション:
漆山グループ――その礎は江戸時代にまで遡る、歴史ある財閥系企業。不動産、鉄道を中心に重化学工業、銀行業とありとあらゆる業種を手掛ける日本有数の巨大企業の一つである。その中でも鷹緒が社長を務める漆山コーポレーションは、主に土地開発として商業施設メインに手掛ている会社だという。

ばあや「坊ちゃま……鷹緒様は、小さい頃にご両親を亡くされて、このお屋敷に漆山グループ総裁でいらっしゃった大旦那様……御祖父様とお暮らしになっておられたんですよ。その御祖父様も大学に入る頃にお亡くなりになって……。ですからお寂しいこともあったことと思いますが……そんな坊ちゃまが大事な人だと仰る方をお連れになってくるだなんて」

ばあや、少し涙ぐみながら美華の手をそっと握る。

ばあや「美華様、これからどうか坊ちゃまのこと宜しくお願い致しますね」
美華「は、はあ……」

美華は歯切れの悪い返事をする。
華麗なる一族の若き成功者という華々しさだけではなく、家族との死別という悲しい記憶があるらしい鷹緒の一面を聞いて、美華の中で同情する気持ちも芽生えてくる。

美華(肉親を亡くす辛さは、私もよく知ってるから……)

突然愛する人を失い、世界が一瞬にして悲しみに包まれたあの日の感情は、いつまで立っても忘れることはない。
そんな自分の感情にも困惑しつつもダイニングテーブルのある部屋へと招かれる。

鷹緒「よく似合ってるよ。」

先に待っていた鷹緒にうっとりとした表情で声をかけられ、二人きりの夕食が始まる。
前菜、スープ、魚料理に肉料理……豪華な食事に美華は目を白黒しながら食べ進め、食後のアイスクリームを食べながら気になっていたことを鷹緒に問いかける。

美華「あの、これから私どうなるんでしょう?」
鷹緒「どうって?」
美華「家を出るとき、これからはこの家で暮らすとかなんとかって……」
鷹緒「ああ。そうだね。これからは、僕の婚約者としてこの家で過ごしてほしいんだ」
美華「え、そんな……」
鷹緒「駄目かな?」
美華「えっと……話が急すぎて、よく分からなくて」

申し訳無さそうにしながら答えると、鷹緒は一瞬影のある表情をみせるが、雰囲気を変えようとする様に華やかな微笑みを浮かべる。

鷹緒「まあ、そうだよね。……そうだ。取りあえずは明日は土曜日だし、まずは今晩一晩泊まってみて考えてみてくれないかな?」
美華「考える?」
鷹緒「そう、僕達の未来を」

見惚れてしまう程に甘い表情をする鷹緒の美しさに赤面する美華。
その後食事が貴賓室の前までエスコートされ別れた後、整えられたベットへボブっとダイブする。

美華「今日一日で、人生こんなことになっちゃうなんて……」

突然のプロポーズからキス、食事シーンなど今日一日の出来事が頭の中で蘇る。

美華「セレブでしかもイケメンで、私のことを運命なんて言ってくれる人、かあ……」

あれ程迄にグイグイと迫ってくるのは愛情に飢えているからなのかもしれない。
満更でもない気分になりながら、ベッドで身悶えしてジタバタしていると少し喉が乾いてきた。
サイドテーブルに置かれたブザーに視線を送る。

美華「用があるならこのボタンを押すようにっては言われたけど……」

時刻は23時。こんな夜にまで用事を申し付けるのは忍びないと部屋を出て厨房を探していると、とある部屋から言い争うような人の声が聞こえてくる。

美華(この声は……漆山さん?)

部屋のドアは少し開いている。
覗き見するつもりではなかったが、今日一日一緒にいた穏やかそうな紳士的な様子と打って変わった口調の強さに思わず中を覗き込む。
中には見慣れぬ若い男と鷹緒の姿。
鷹緒はどこか荒れたような空気を纏っているがその表情まではよく見えない。

男「それで?本当にその娘は花嫁なのか?」
鷹緒「ああ。本当だ」
男「まさか……信じられないな」
鷹緒「俺だって信じられなかったさ」

驚いた表情をする男の隣で、鷹緒は苦々しい様子で吐き捨てる。

鷹緒「まさか運命の花嫁が、あんな青臭いことを言う小娘だったとはな――」

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