私のボディーガード君
 うわっ、すごい人。レストランから出ると、見える所は全部人で埋まっている。
 クリスマスイブだものね。タクシーで帰りたいけど、無理か。
 仕方ない。タクシーが掴まる所まで歩こう。

 思いっきって人ごみの中に出た。ぞわっとする感じがするけど、我慢できる。立ち止まらなければ大丈夫。

 とにかく人のいない方へ歩こう。
 新橋の方に進むと人がだんだん少なくなってくる。

 裏通りの人通りのない場所まで来るとほっとした。
 急に気が緩んで、目かうるうるしてくる。

 あんな男の為に泣くのは悔しいけど、止まらない。
 せっかく綺麗にメイクしてもらったのに流れちゃう。

 浅羽と一緒にいた子、可愛かったな。
 目が大きくてキラキラしていて。
 全然、私と違うタイプ……。

 あーやだな。屈辱的な目に遭ったのに、まだ浅羽の事、好きだ。

 たった一ヶ月の交際だったけど、浅羽は紳士的で、誕生日の夜を除いては私に触れようとはしなかった。距離を縮める時も「近づいていい?」って聞いてくれて、浅羽にはギリギリ肩が触れそうな距離まで許せた。

 会うといつも嬉しそうに私の話を聞いてくれて、笑顔が可愛らしい人で……。

 なんで今、こんな事を思い出すんだろう。
 忘れなきゃ。クリスマスディナーに平気で新しい女を連れてくるような奴なんだから。

 はっと息をついたタイミングでコートの中のスマホが振動した。
 友美からだ。

 スキー場で豪快に尻もちをついたスキーウェア姿の友美の写真だ。

 笑える。
 でも、笑えない。

 スマホの画面にポタポタと雫が零れた。
 涙を拭いたばかりなのにまた溢れて来る。

 こんな時、王子様がいたらいいのに。

「佐伯妃奈子さん?」

 後ろからいきなり声をかけられた。
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