私のボディーガード君

神様からのプレゼント

「『源氏物語』の作者、紫式部が生きた平安時代は女にとって生きづらい世の中でした。漢字は男の文字とされ、ひらがなは女が使う文字とされました。ですから、女が漢字を沢山使った手紙など書いたら生意気だと思われた訳です。紫式部の父親は漢文学の学者でしたので、紫式部は幼い頃から自然と漢字に触れていて、難しい漢字の本も読んでいました。今だったら大変優秀な女性だと評価されますが、頭がいいのを自慢しているって言われてしまうんですね。女はバカな方が可愛いと思われていた訳です。あ、今もそういう所ありますかね?」

 ドッと教室中から女子学生たちの華やかな笑い声が響いた。
 学生たちの反応が嬉しい。みんないつも熱心に聞いてくれるから講義はやりがいがある。

「では、本日の講義はここまで」
 マイクの電源を切ると、学生たちが前に来る。ここは女子大だから男子の姿はない。2メートルのパーソナルスペースを意識しないで済むから気が楽。

「佐伯先生、サイン下さい」
 差し出された本は先月発売になった『光源氏に聞く恋愛相談』だった。

 雑誌のコラムとして連載していた物をまとめたものだ。
 ありがたい事にベストセラーとなっている。

「ええ、いいですよ」
 サラサラっとサインをしてあげれば、次々に本を差し出された。
 本当にこの本が売れているんだと実感する。

 しかし、この本が売れた事によって困った状況に陥っている。

「あの、恋愛のカリスマの先生に相談したい事があるんですが」

 来た。恋愛相談。

「えーと、ごめんなさい。もう行かないと。また今度ね」

 ふふっと微笑んで教室から退室した。
 廊下に出ると待ち構えていたように学生たちが集まってくる。

「みんな、次の講義が始まる時間になりますよ」

 そう言っても廊下を歩く私に数人がついてくる。

「佐伯先生、聞いて下さい! 彼氏に二股されてたのがわかったんです。別れた方がいいんでしょうか?」

 涙を浮かべながら女子学生が訴えてくる。また別の学生が「片思いで苦しいんです。どうしたら彼を振り向かせる事ができるか教えて下さい」と、すがるような目で見つめてくる。

 恋愛に一生懸命な彼女たちを振り切る事はできない。

「皆さん、次の講義はないの?」
「はい」
「じゃあ、カフェテリアでお茶を飲みながら話を聞きましょうか」
「佐伯先生、よろしくお願いします!」

 今日も捕まってしまった。
 源氏物語の研究者であって私は恋愛のカリスマじゃないんだから……とは、やっぱり言えない。

 私を頼ってくる学生たちを助けたいと、つい思ってしまう。
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