隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
第一章

尊敬と憧れと恋人

 結婚式から二週間が過ぎた。
 相も変わらず、今週も残業続きだ。

猫宮(ねこみや)さん、この間の資料の訂正稿、上がってる?」

「それなら共有フォルダに登録済みです」

「サンキュ、やっぱ仕事早いな……」

 営業の先輩が、資料をチェックしながらオフィスを出ていく。
 私はそれを見送って、また新たな資料に取り掛かる。

 私の働くイノベイティブ・ホームズは富裕層向けのハウスメーカーで、路面店舗の他、地方都市に本部を構えている。
 その中でも、私の勤務先である東京本部は社内のあれこれをほぼ担っている、一番大きな本部だ。

 私はこの春から、東京本部の営業部内、営業事務に異動になった。
 短大を卒業し、ここの事務として働いて三年目。営業部には店舗勤務実績が必須であるというのに、なぜか私は営業事務へとの辞令が出たのだ。

 事務員の同僚には、「瑠依は仕事できるからだよ」とか、「栄転、かっこいい!」とか言われてきたけれど、正直ここの仕事についていくのはキツい。

 実績もなく、資料の作り方もデータの収集も一からのスタートだった私。異動先の教育係である熊鞍(くまくら)さんには、仕事を聞けば、「自分で調べなさい」と言われる毎日だ。
 冷たい印象のある熊鞍さんだが、かなりの美人で、客先への応対や態度は完ぺきだった。

「猫宮さん、昨日渡したお客様の外注分、終わってる?」

「はい、今は取り掛かったので……」

「もう、遅いわね!」

 熊鞍さんはそう言いながら、自分のデスクへ戻っていく。

 慌てて頼まれていた仕事を終わらせるが、熊鞍さんは外部のお客様の案内中だった。
 仕方なく、自分の席に戻る。

 するとしばらくして戻ってきた熊鞍さんは、「まだ終わらないの!?」と、私に文句を言いに来る。

「すみません、いらっしゃらなかったので……」

「だったらメモでも残して置けばいいでしょ!」

 一喝され、また「すみません」と謝った。

 ――やってしまった。

 熊鞍さんは、私の異動をあまり良く思っていないらしい。私へのあたりが強いのはそのためだと思う。
 実際、私自身もここへ異動になったのは、何かの間違いだと思うから、熊鞍さんの態度も最もだ。実際、仕事に追いついていけないでいる。

 気分転換に給湯室でコーヒーを淹れていると、同僚の靖佳(しずか)さんがやってきた。

「大丈夫? 熊鞍さんに、言われてたでしょ?」

 彼女は年が私の一つ上で、営業事務としての経歴も一年先輩。
 表では熊鞍さんに従っているが、裏では何かと気にかけてくれる、優しい先輩だ。

「はい。まあ、ちょっとイラっとはしましたけど、そんなことで落ち込んでたってどうしようもないですし」

 淡々とそう言った。

「猫宮さんは強いね」

 彼女はそう言って去っていく。

 私は、強くなれたのだろうか。
 わからないけれど、靖佳さんの言葉はうれしかった。

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