隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて

完ぺきな強い人

 その日は、終電よりも一時間も早く仕事を終わらせることができた。
 部長とともに、オフィスを後にする。

「部長、今日も部長の家に帰るんですよね?」

 部長は「当たり前だ」というような視線をこちらに向ける。思わず視線をそらしてしまうと、ぐっと腰を掴まれた。
 今は帰宅ラッシュの時間帯。電車がホームに入ってきて、人の波が後ろから押し寄せてきたのだ。

「猫宮は小さくて、どこかにいってしまいそうだ」

 そういう部長は背が高く、人ごみの中でも安定感がある。
 電車に乗り込んでからも、部長は私の腰を掴んだまま離れなかった。
 
 ――こんな通勤が毎日続くのか。もしペットじゃなかったらなあ。

 そんなことを思ってしまい、慌てて首を振った。
 何を考えているんだ。強くあるために、甘えてはダメなのに。

 帰宅後も部長はご飯を手作りした。手間ではないのかと聞くと、朝のうちに仕込みをしているという。

「食ったら風呂入れよ」

 夕飯中に部長に言われる。

「あの、たまには部長がお先に――」

 部長の家にいるのに、いつも先にお風呂をもらうのは申し訳ない。
 そう思って言ったのに、部長はふっと笑う。

「ペットなのに遠慮すんな。それとも、洗ってほしいのか?」

 部長が口角をニヤっと上げてそう言う。急に顔が熱くなる。

「ち、違いますっ!」

 慌ててそういうと、部長はケラケラ笑った。
 そんな風に笑う部長を見るのは初めてで、思わず見入ってしまう。
 するとまた目が合って、私はあわてて視線を手元のご飯にうつした。

 部長は、本当に何でもできてしまう。隙のない、完ぺきな人だ。
 さらに、仕事とプライベートのオンオフもしっかりしているのだと、思い知らされる。
 やっぱり、部長は憧れの、尊敬する人だ。

 けれど、甘えていてはいけないと、再度自分に言い聞かせる。
 甘えるのと、厚意を受け取るのは違う。慣れちゃいけない。それは、甘えと同義だ。

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