隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
 翌朝、甘えてばかりではいけないと早く起床した。
 部長の迷惑になってばかりでは申し訳ない。まだキッチンから物音がしないことを確認し、急いで朝の支度をする。
 そうっとリビングの扉を開け、廊下に出る。ダイニングのテーブルの上に、朝食はいらない旨を書いたメモは残してきた。

 けれど、玄関で靴に足を突っ込んでいるときに、背後でガチャリと扉が開く音がした。
 スウェット姿の部長が、前髪を掻き上げながら、こちらにひょっこり顔を出していた。
 初めて見る部長の無防備な姿にドキリとするけれど、その怪訝な表情に別の意味でもう一度ドキリと胸が鳴った。

「猫宮、もう出るのか?」

「はい、早く目が覚めてしまって……。朝食を外で食べようかなー、なんて思いまして」

「そうか。気をつけてな」

 部長はそう言うと、寝室の中に戻り、扉をガチャリと閉めてしまった。

 ――あれ? それだけ?

 張り詰めていた空気が緩み、肩透かしを食らってしまう。
 それで、少しだけがっかりしている自分に気づいた。

 何を期待していたのだろう。これでよかったのに。

 *

 駅前のカフェで朝食を取り出勤すると、すでにオフィスには部長がいた。オフィス全体の空気がピリっとしていて、さすが部長だなと感心してしまう。

「猫宮さん、頼んでいた資料の――」

 出勤直後、営業メンバーに話しかけられる。

「山田様の別荘の件ですよね、昨日のうちに共有データに登録済で――」

「確認したらデータが一行ずつずれてた。時間ないから、直したら直接メールに送ってもらえる? 俺、もう出ちゃうから」

「はい」

 あれ、いつ間違えたんだろう。
 ダメだ、こんなミスするなんて。

 慌ててパソコンを立ち上げ、共有データを確認する。確かに、一行ずつずれていた。
 急いで修正し、メールを送信する。ほっと一息つくけれど、胸には(もや)が広がった。

 部長は何でもできるのに。
 私は、こんな初歩的なミスで時間をロスしている。
 情けない。

 デスクに置いていたシロのぬいぐるみが目に入り、ちらりと部長の方を見た。
 いつもと変わらぬ部長の様子に、思わずため息が漏れた。

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