隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
「アイスカフェオレで良かったか?」

 部長が売店で飲み物を買ってきてくれる。「はい」と受け取ると、部長が隣に腰かけた。
 動物園にいるのに、目の前にあるのは池と、蓮の大きな葉と、少しだけ咲き始めたピンク色の蓮の花だけだ。

「ここまでとはな。正直、俺も驚いている」

 肩を落とした私の右肩に手を添え、部長がケラケラと笑う。
 遠くからフラミンゴの声がするけれど、きっと私たちがそちらにいったら静かになる、そんな気がする。

「一応聞きます。お好きなんですよね?」

「ああ、動物は好きだ。癒される」

 好きなのに、近寄ってこない。好きなのに、近づけない。
 そのどうしようもない辛さに同情して、胸が痛い。

「だが――」

 部長はまだ続ける。

「逃げられるのはいつものことだ。だが今は、俺の隣には猫宮がいるからな」

 部長のその言葉だけで、やっぱり胸がドクンと大きく高鳴った。
 違う、そういう意味じゃない。私は“ペット”として、隣にいるだけだ。

「今日はありがとう。俺のために」

 続けられた部長の言葉の温かさと、向けられた優しい笑みに胸の中がじわんとなる。
 顔が熱くなって、慌ててアイスカフェオレに口をつけた。冷たくて、すっと心が落ち着いた。

「今日暑いから、おいしいですね! こちらこそ、飲み物ありがとうございます!」

 アイスカフェオレを掲げて部長に言うと、部長はなぜか不思議そうな顔をした。

「やっぱり暑かったのか。それ、脱がないのか?」

 別の意味でドキリとした。部長が指差したのは、私の袖口。長袖の、薄手の白いパーカーだ。

「これは日焼け対策です! 私、肌焼けると赤くなっちゃうタイプなんですよね。屋内だと冷房対策にもなるんですよ! 日陰でも脱がないのは、置き忘れちゃいそうで」

 えへへと無理やり笑みを浮かべると、部長は「女性は大変だな」と前を向き直り、自身のアイスコ―ヒーに口をつけた。
 ほっと胸をなでおろすと、手の中でカランと氷が融けて鳴る。静かな風景の中に、どこからか猿や鳥の声がする。
 動物園にいるのに、まったりと時間が過ぎていく。その心地よい時間の中で、私はこれが違う関係だったらとつい想像してしまう。

 それから何を思っているんだと、その思考を遮るように、慌てて視線を池にやる。
 すると、池の中で、何かがぴちゃんと跳ねた。
 それで、私はふと思いついた。

「部長、移動しませんか? 今度こそ部長に楽しんでいただけると思います!」

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