隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
 やってきたのは水族館だ。
 動物は動物でも、水の中をすいすいと泳ぐ魚なら、部長もゆっくりと見れるのではないかと思ったのだ。

 動物園よりは家族連れが少なく、どこか大人が多いような気がする。
 そんな中、部長はまたがっちりと手を繋いでくれた。
 私たちも、周りから見たら恋人に見えるのだろうか。そんなことを不意に思ってしまい、慌てて頭を振って思考を脳から追い出した。
 勘違いはしちゃいけない。もう何度も、そう思っているのに。

 入り口付近の小魚も、宙を舞うようなクラゲも、とても優雅に泳いでいる。

「えー、すごーい」
「本当だ、きれいー」

 そんな声が聞こえるのは、私たちの隣からだ。
 なぜか、部長が立った前から、魚がいなくなる。結果、輪を描いてさーっと泳ぐ魚たちはまるでなにかの遊戯のようだ。

 ――なんで?

 頭の中に疑問符が浮かぶ。魚の逃げた水槽に映った私は、しかめ面をしていた。
 なのに、当の本人である部長はケラケラと笑っていた。

「綺麗だな。水面(みなも)のきらめきが」

 部長は、もはや魚を見ずに水を見ている。

「部長、すみません……」

 まさかこんなことになるとは思っていなかった。
 しかしそれは、部長も同じだったようで。

「つまるところ、俺はことごとく動物に好かれていないということだ」

 部長はそう言いながら、私の頭をぽんぽんと撫でる。
 まったく残念そうな顔を見せずに、笑顔でそう言ってしまう部長に、また大人を感じる。そうして、やっぱり好きだなあと思ってしまう。
 違う、これは憧れだ。憧れと恋をはき違えちゃいけない。またそこに、思考が戻ってくる。

「せっかくだ、茶でもしてくか」

 部長は私の手を引いたまま、水族館に併設されているカフェへと向かう。
 空いている席に座ると、部長はメニューを持ってきてくれた。

「どれか食いたいものあるか? なければ、適当にコーヒーでも……」

 くよくよしていても仕方ない。
 今は、落ち込んでいる場合じゃない。
 部長みたいに、強くありたいなら、私も切り替えて、今を楽しもう。

 そう思って、パフェを頼んだ。一緒に買いに行くと言うと、そういうのは飼い主の仕事だと制されてしまった。
 お盆にパフェを乗せた部長が戻ってくる。その盆には、ペンギンを模したクッキーが乗ったものと、チンアナゴを模したクッキーが乗ったものの二種類が乗っていた。

「俺も、食いたかったから」

 部長は少し頬を染めて、私にペンギンの方を差し出した。中身はチョコレートアイスだ。
 お礼を言って受け取ると、部長はさっそく自分のアイスを掬う。

「こっちはストロベリーアイスだ。少し食べるか?」

 ごく自然に、部長がアスプーンを私に差し出す。その自然さに、思わず口を開いてしまった。
 開いてしまってから、これはとんでもなく恥ずかしい状況なのではないかと気づく。

 が、そう思った時にはもう遅い。
 部長の持つスプーンの先端が、私の口の中に入ってくる。
 えいっと口を閉じると、部長は何でもないようにスプーンを私の口から引き抜いた。

「美味いか?」

 コクコクとうなずく。けれど、胸の高鳴りが勝ってしまって、アイスの味は全く分からなかった。

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