隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて

母の命日

 蝉が元気に鳴く夏の坂道を、祖母と二人で登る。
 母の眠る墓は、川ばかりのこの街の、少しだけ小高い丘の上にある。
 年々、前を歩く祖母の背中が小さくなっているような気がする。祖母は今年で、御年(おんとし)七十歳だ。

 お墓を洗って花を生けて、その中に眠る母に手を合わせる。
 今はもういない母に思いを馳せて、やすらかにと願う。そうできるようになったのは、いつからだろう。

 祖母がじっと手を合わせている。
 私も、じっと手を合わせる。目はつぶらない。つぶると、あの日見た母親の姿が脳裏に張り付いてしまう。
 気分が悪くなってしまったことがあってから、墓前では祖母のように目をつぶることができなくなった。

 しばらくして、祖母を目をあけた。
 自分より早く逝った子供に、祖母は何を思っているのだろう。
 それは、お互いに、今もずっと聞けないでいる。

「瑠依、帰るよ」

 線香が燃え尽きて、祖母がそう言った。
 母の命日、墓参りの帰り道、私と祖母はいつも無言になる。

 それは互いを思いやっているのかもしれないし、何を話していいかわからなくなるからかもしれない。
 優しさでもあるし、逃げでもある。
 あれから十四年も経ったのに、いまだに何も話せないでいる。

 実家に戻ると、祖母はいつも通りを装う。
 台所に立ち、せっせと料理をしながら、居間にいる私に話しかける。
 小学生のころと全く同じで、きっと祖母も、いろいろな感情を押し殺しているのだと気づいた。

「夕飯、食べてくでしょ? 泊まる? なら布団用意しないと――」

 うん、と適当に返事をしながら、祖母と顔を合わせないように、私は何をするわけでもないのにスマホをいじった。

 母のように弱くなりたくない。
 強くありたい。
 そう願うのは、きっと祖母も同じなんだと思う。

 同じペースでトントンとリズミカルに響く包丁の音が、妙に心地よく、妙に寂しい。

 やがて夕飯ができたと祖母が言う。
 私は立ち上がり、器に盛られた食事をダイニングテーブルに運んだ。

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