隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
「瑠依、仕事はどう?」

「別に、普通」

 祖母の作ってくれた肉じゃがをつまみながら、そう答えた。
 肉じゃがは、私が好きな祖母の手料理のひとつだ。わざわざ私の好きな料理を、私の帰省に合わせて作ってくれた。
 それが愛情だとしたら、私は『普通』などと答えている場合ではない。

 ――親不孝。

 母の棺を蹴り飛ばしたときに、祖母に言われた言葉だ。
 だから、『祖母不孝』に、ならないようにしなければ。
 私はもう、あの頃みたいに当たり散らしてそのままでいるほど子供じゃない。

「肉じゃが、おいしい」

 無理やりに笑ってそう言えば、祖母がきょとんとこちらに視線を向ける。

「私、これ好きなんだよね」

 そう言えば、祖母は顔をほころばせた。

「知ってる。あんた、子供のころからこれだけはパクパク食べたもんねえ」

 私が「うん」と返せば、祖母は肉じゃがの入った大皿をこちらに寄せる。
 どこかぎこちなくなりながらも、私は肉じゃがに手をつけ口にほおばった。

「そういえばこの間、結城(ゆうき)さんに聞いたよ。翔也くんに会ったんだって?」

 いくぶん空気が柔らかくなったからか、祖母が私に聞いてきた。
 隣のおばちゃんは口が軽いな、なんて思いながら、翔也お兄ちゃんと彼の実家の距離感の近さに驚く。その距離感が、うらやましくもある。

「瑠依はそういうこと全然言わないじゃない。まあ、元より連絡も少ないけれど」

 昔は『知らせがないのはいい知らせ』と言っていたのに。
 祖母の寂しさを垣間見てしまって、なんとも言えない気持ちになる。
 やっぱり、『祖母孝行』すべきなのだ。

「翔也お兄ちゃんはすごいよね。大手の広告代理店で、営業で、出世コースまっしぐらって感じ」

 この間飲んだ時に聞いた話をそのまま祖母に話す。

「イケメンだし、彼女もいるし。私も頑張らなきゃな~って」

 最後の方はおどけて、あははと笑いながら言った。
 すると、祖母は突然真面目な顔つきになる。

「頑張りすぎたらダメよ、たまには肩の力を抜かないと」

 ぼそりとそう言って、そのまま白米を口に含んだ。

 ――ああ、やってしまった。

 私も目を伏せた。
 祖母は白米を咀嚼(そしゃく)し飲み込んで、ぼそぼそと続けた。

「頑張るのはいい。けれど、頑張りすぎてはだめ。瑠依、あんたのお母さんは、頑張りすぎたんだから」

 時折、祖母の口からこの話が飛び出す。
 その度に、「お母さんが頑張らないからいけないんだ」と母を責めた、幼い私を思い出す。
 私は悪者で、母の命を奪ったモンスターだ。

 弱きを救うのがヒーローであるなら、私はいつかヒーローに倒されてしまうのかもしれない。
 母は名もなき犠牲の一人だ。

 そんな風に、なりたくはない。
 例えヒーローに倒されてしまうとしても、ヒーローと互角に戦えるくらい強くなりたい。

 母は弱かった。
 だから、名もなき犠牲にしかなれなかったんだ。

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