隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて

仕舞い込んだ想い

 それからも、極力部長との接触を避けて過ごした。
 部長も異動の準備があるらしく、一日の半分はオフィスにいなかったり、各営業との顧客の引き継ぎに要していたりする。営業事務は事務作業さえしていればいいので、部長との接点は普段通りにすごしていればほぼない、というのが幸運だった。

 その週はお盆休みが目前で、さらにオフィスに部長がいないということもあり、なんとなく浮かれた空気になっていた。
 金曜日の朝、出勤するとすぐ、珍しく先輩の靖佳さんに声をかけられた。

「猫宮さん、今日の仕事帰りに、飲みに行かない?」

 この部署に、飲み会というものが存在していたことにびっくりする。

「部署の飲み会ですか? 前期の締め、みたいな」

「違う違う、なんていうか、その……異業種交流会?」

 言葉を濁されて、なんとなく察した。

「それってつまり、あれですか、複数人の男性と飲むっていうか」

「そう、それ」

 靖佳さんはえへへと笑って言う。
 つまり、合コンだ。

 ため息をこぼすと、それがわざとらしかったらしい。
 靖佳さんは目の前で両手を合わせて、“お願い”のポーズをとった。

「ごめん、どうしても数合わせにもう一人女子が必要で……っ!」

「あ、別に、嫌だとかそういうわけじゃなくて」

 慌てて笑顔を張り付けて、軽く首を横に振った。

 けれど、胸にちらりと、部長のケラケラ笑う顔がよぎった。
 仕事中は忙しさにかまけて忘れていられるけど、始業前と終業後はどうしても、毎日、部長のことを考えてしまう。

 部長は今日もオフィスには出勤しないらしい。
 入り口のホワイトボードには、部長の出先は「社長室」となっている。

 社長室で、部長は何を話しているのだろう。そこには、社長の娘さんがいるのだろうか。
 いつ結婚するんだろう。
 部長のタキシード姿を想像する。隣でウェディングドレスを着て、祝福されているのは、もちろん私じゃない。
 私は部下として、その様子を一般席で見守るだけだ。
 真宙の結婚式を思い出す。あのロマンチックな空気に、私の胸は耐えられるのだろうか。
 あの時は流れなかった涙。けれど、部長の結婚式だと思うと泣いてしまいそうだ。
 それも、感動の涙ではなく、嫉妬と悲しみの涙だ。

「なら、来てくれる?」

 靖佳さんの言葉に、現実に引き戻される。
 慌てて「はい、私で良ければ」と答えると、靖佳さんはほっと胸をなでおろし、「今日は残業なしでお願いね」と去っていった。

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