隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
「大丈夫、私はそんなにやわじゃないから」

 ふふっと笑うと、祖母が心配そうな顔をする。

「困ったら、すぐに連絡よこしなさいね。抱え込んではだめ。話はいつでも聞くから」

「分かってるって」

 咎めるように言われ、笑顔を返す。
 その空気が気まずくて、「そういえば――」と無理やり話題を変えた。
 祖母がお笑いにはまっているというので、その話をして笑いあった。
 その途中で、改めて確認する。

 大丈夫、うまく笑えてる。
 大丈夫、強く生きていける。
 大丈夫、私は一人でも、ちゃんと立っていられる。

 そんな私を見て、祖母は長い溜息をこぼした。

「ねえ、瑠依。あんた、いい人はいないの?」

 唐突な話題にどぎまぎした。

「寄りかかれる人がいれば、ふらふらしないでいいもんよ」

 祖母は母が亡くなる5年前、祖父を病気で喪った。
 母は一人娘だったから、私は祖母の唯一の家族だ。

「い、いないよ! いい人、なんて……」

「はあ、瑠依がいい人見つけるまでは、安心して逝けないわ」

 わざとらしくため息をこぼして、ため息をつきたいのはこっちだと思いつつ、私はため息を飲み込む。
 脳裏に浮かぶのは、ニコリとも笑わない部長の顔だった。

 忘れなきゃいけないのに。
 部長の隣には、私じゃない人がいるのだから。

「じゃあ、長生きしてね」

 私が笑ってそう言うと、祖母が「屁理屈」と、またため息をこぼした。

 *

 大丈夫、うまく生きていける。そう思い、出勤した翌月曜日。
 部長と顔を合わせるのが気まずくて、始業時間ぎりぎりにオフィスに滑り込んだ。

 強くあれ。

 私はあの日の誓いを胸に抱いたまま、パソコンを立ち上げた。
 仕事は待ったをしてくれない。その忙しさが、虚しさをかき消してくれる。

 けれど、始業時はどこかに行っていた部長がオフィスに入ってきて、かき消されていた虚しさと彼への想いがあふれ出してしまった。
 オフィスの空気はピリリと張り詰めるけれど、私の目頭は無駄に熱くなる。

 ――こんなところで泣いちゃだめだ。

 けれど、それだけ自分の胸の内にある部長への想いが大きいのだと自覚させられて、抱いた誓いの無意味さにまた虚しくなる。

 そんな時、不意に部長がデスクの前に立つ。

「みんな、ちょっと聞いてくれ」

 低い、威厳のある声がオフィスに響き、全員の顔が部長の方を向いた。
 部長は姿勢を正し、淡々と私たちに告げた。

「この秋より、私は専務へと異動することが決まった。後任は名古屋本部の――」

 部長が、昇進? っていうことは――

 衝撃が走った。噂されていた社長の娘との婚約は、本当だったのだ。
 オフィス内がざわつく。私は、デスクに置きっぱなしのぬいぐるみキーホルダーを握りしめた。

 ――君は、もういらないね。

 そうキーホルダーに胸の中で語りかけ、そっと鞄の中にしまった。

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