隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて

冷徹上司の裏の顔

「結婚、ねえ……」

 居酒屋を出て、家までの道を酔い冷ましもかねてのんびりと歩く。
 少し飲みすぎたらしい。
 頬をなでる夏の夜の風が、心地よい。

 駅からは公園を横切ると近道だ。
 ついでに自販機で水でも買おうと、公園に入る。

 すると、小さな白い生き物が目に入った。

「野良猫……?」

 何かに近づこうとして、でも警戒しているようでもある。

 猫の視線の先を辿る。
 ベンチに腰掛ける、スーツを着た大柄な男性がいた。その手には、市販品らしい猫じゃらしが握られている。

 ……猫と、遊びたいのかな?

 男性は、猫が喜びそうな角度で猫じゃらしを動かす。
 なのに、猫は背を反らせたままじっとしていて、顔だけがその先端を追っている。

「ふふっ」

 滑稽な様子に思わず声に出して笑ってしまう。
 すると、大柄な男性がこちらを振り向いた。

 その男性の顔を、私は知っている。
 目が合う。
 男性も私に気が付いたようで、その目を見開く。
 多分、私も同じ顔をしている。

「…………猫宮?」

「…………部長?」

 私たちは、ほぼ同時に互いのことを呼んでいた。

 私たちの間を、夏の夜風が吹き抜ける。
 すると、白猫が私に気づいたらしい。私の方へ徐に歩いてきて、「にゃあ」と暢気に一声鳴いた。

 白猫は私の足元にすり寄ってくる。
 可愛さに負けて、思わずしゃがみ込み、その背を撫でる。あごの下を撫でてやると、気持ちよさそうにゴロゴロと鳴いた。

「猫宮は、猫に好かれるんだな」

 はっとして、顔を上げた。部長が、こちらを見下ろしていた。

 目が合い、「お疲れ様です」と口が勝手に動く。
 しかし、その目尻がいつもより優しく垂れている気がして、親近感を覚える。

「ねこじゃらし、自前ですよね? 猫、お好きなんですね」

 部長は「ああ」と短く言う。
 膝に肘をついて、手に持った猫じゃらしをくるくる回し、ふわふわと動く先端を見つめながら。

「野良猫でも、これで心を通わせられたらと、思ってな」

 部長は、きっと猫に触れたいのだろう。
 だったら。

 私は白猫をひょいと抱き上げ、部長の隣に腰かけた。
 膝に乗せた白猫は温かい。いきなり立ち上がったことで酔いが回って、気持ちがふわふわした。

「だが、猫の方は俺のことをあまり好きではないらしい」

 部長は言いながら、猫の背を撫でようと手を伸ばす。
 すると白猫は、急に「シャーッ!」と大口を開けて部長を威嚇する。

「ほら、この通りだ」

 部長は自嘲するように、鼻から息をもらした。

< 6 / 80 >

この作品をシェア

pagetop