隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
「今日はダメだったな。シロは、これでも距離感が近くなったと認識していたのだが、触るという段階には達していなかったらしい」

 部長は白猫を撫でようとした手を引っ込め、代わりに持っていた猫じゃらしを猫の目の前で震わせた。
 白猫は興味深そうにそれを眺めているが、まだ警戒しているのか顔を動かすだけだ。

「シロっていうんですか? この子」

 猫の背を撫でながら、部長に聞いた。どこかの飼い猫なのだろうか。

「俺が勝手にそう呼んでいるだけだ。シロはこのあたりの野良猫さ」

 部長は何でもないことのようにそう言ったけれど、私は思わず笑ってしまった。
 部長は、野良猫に勝手に名前つけて、猫じゃらしまで用意して、距離を縮めようとしているのだ。

「すみません、でも、なんか、いいなあって」

「そうか?」

 部長は驚いたような顔でこちらを振り向く。
 その瞬間に、どきんと胸が高鳴る。

 仕事中は表情の変わらない部長が、今だけでいろいろな顔を見せてくれている。
 その事実が、単純に嬉しいのだと思う。

「はい」

 なんだか気分がよくなって、なぜだが勝手に頬が緩む。
 猫の背を撫でながら隣に座る部長の肩に頭をコテンと乗せた。

「猫宮?」

「一方通行の想いって、辛いですよね」

 思わずそんなことを口走ってしまったのは、友人たちに家族ができて、寂しさを感じてしまったからだろう。
 昔のことを思い出して、センチメンタルな気分になる。

「……まあ、そうだな」

 部長の同意が嬉しい。

  ――ああ、私の想いも、一方通行じゃなければいいのに。

「私が猫だったら、迷わず部長を信頼して、すり寄るのに」

「ほう?」

 至近距離で目が合った。
 意味深な笑みを向けられ、口角がにやりと上がったような気がした。

 その瞳に見入っていると、不意に温かく大きなぬくもりが後頭部に触れた。
 部長の手だ。

「部長……?」

 その温かさと飲みすぎたお酒のせいで思考がふわふわして、何も考えられなくなる。

 ――なんだか気持ちいいな。このまま、眠ってしまいたい。

「あったかいですね」

 そう言ったような、言っていないような。
 ふわふわした感覚の中、深夜の公園で、私は部長に頭を撫でられていた。

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