隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
epilogue

共に生きる

 あれから、二つの季節がめぐった。
 寒い冬を超え、また春がやってくる。

 私は営業事務二年目になり、新人の指導を熊鞍さんと連携を取り進めていた。
 営業事務は、退職した靖佳さんの代わりに入った新人と今期入ってきた新人で、今は四人だ。

 靖佳さんは、あの事件の後、早々に自主退社を申し出ていた。
 ことが表沙汰になる前にと促したのは部長、――もとい、洋邦(ひろくに)さんらしいのだが、その真相は明らかになっていない。

「猫宮ちゃん、新人の葛西(かさい)ちゃん、どう?」

 洋邦さんの後任の部長が屈託なく笑い、私に話しかけてくる。

 洋邦さんは先夏の宣言通り、去年の秋に専務へと昇進した。

 昇進とともに出ていたお見合いの話は、早々に断ったのだと洋邦さんから聞いた。
 そもそも、お見合いと昇進は全く別の話だった。
 社長は洋邦さんを元より昇進させるつもりだったし、お見合いは浮いた話のない洋邦さんの身を社長が勝手に心配してのこと――という、おせっかいだったらしい。

「とっても優秀で助かってます。教えたこと、飲み込みも早いですし」

 言えば、部長はニコニコ笑って「よろしくね」と去っていった。
 営業部も新体制に慣れ、残業もめっきり減った。後任の部長は、洋邦さんと違いいつも笑っている。
 洋邦さんと付き合って、幸せで満たされている私には、今のこの職場はとても居心地がいい。

 *

 仕事を終え、オフィスの入り口、三十階のエレベーターロビーで洋邦さんを待つ。
 私はあの後、本格的に洋邦さんの家に引っ越した。
 今も、よほど帰りが遅くならない限りは、一緒に帰る約束をしている。

「猫宮先輩、お疲れ様です!」

 窓の外、東京の煌々とともる夜景をぼうっと見ていると、後輩の葛西さんに声をかけられる。
 お疲れ様、と声をかけると、彼女のすぐ後ろに愛しい人の姿を発見した。

「洋邦さん!」

 嬉しくて声を上げると、思ったよりも大きくてロビーに自分の声が響いた。
 恥ずかしい。けれど、洋邦さんの目元が優しく細められて、それだけで私の頬が緩んでしまう。
 だいぶ絆されたな、と思う。
 けれど、洋邦さんの前では、それだけ心の糸を弛められるようになったのだとも思う。

 洋邦さんが足早にこちらにやってきて、さっと私の手を掴む。

「お待たせ。帰ろう」

 そう言って微笑む洋邦さんの手を握り返して、共にエレベーターに乗り込んだ。

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