喪服令嬢は復讐劇の幕を開ける~バカ王子が盟約を破ったので遠慮無く滅ぼさせて頂きます~

「ガルヴィン王子、これは?」
「我が王国では女神の祝福の際に鐘が三度鳴るという。この婚約破棄も女神がお喜びになられている!」
「まあ!」
「おお! 素晴らしい!」
「さすが次期王になられるお方だ」
(本当にこの国は女神様をなんだと思っているのかしら)

 王都の大聖堂にある鐘が鳴り響くとき、その音が三つなら祝福を。
 その音が四つなら不吉と破滅を――。
 今回鳴った鐘の音は四つ。

「あれ? 鐘の音が四つですけど?」
「愚かにも多く鳴らしてしまったのだろう」
「さすが──」
「そんな訳ないじゃないですか。神聖な鐘が過ちを犯すなんてありえませんし、四つの音であっていますわ」
「なっ──」

 憤慨する馬鹿王子は何か言おうとしたが、その前に私は今まで邪魔だった黒のベールを剥ぎ取った瞬間、黒薔薇の花びらへと形を変えて絨毯に落ちた。
 露わになる素顔。

 私の髪は、本当は黒ではなくエメラルドグリーンの美しい髪で、瞳も黒ではなく本当は緋色の美しい色。醜女だからベールを常にしている訳ではなく、ジョアンナよりも美しい顔立ちをしている。胸は彼女ほど豊満ではないが、それなりにはあるのだ。

 漆黒のドレスも私が軽く手を叩けば一瞬で鮮やかなワインレッドドレスに早変わりする。両肩と背中の露出が多く、けれど優雅さを保ったマーメードドレスには、薔薇の生花に飾られて宝石よりも美しい。
 がらりと別人のように雰囲気を変えたことで馬鹿王子だけではなく、この場にいる誰もが息を呑んだ。
 愚かでこの国の最後の王子に私は微笑んだ。

「ジョアンナ様とのご婚約、おめでとうございます。これで私も心置きなくやりたいことができます」
「あ、なっ、ま、待て」
「はい?」

 馬鹿王子は顔を引きつらせつつ言葉を続けた。

「お前がどうしても引き留めて欲しいというのなら、王妃は無理だが側室になら──してやらないこともない」
「ガルヴィン王子、それはあまりにも優しすぎます!」
「そうだろうか。けれど君の負担を減らすためにも──」
(ダメだ、この馬鹿王子。事の重大さがまったく分かってない)

 もう面倒だからさっさと茶番劇を終わらせて、復讐を始めてしまおう。
 そう手を翳そうとしたときだった。
「何事だ!」と、この国の重鎮である宰相が姿を見せる。
 思ったよりも早い到着だったが、やることは変わらない。私はなるべく平静さを保ちつつ、ドレスの裾を掴んで頭を下げて宰相に挨拶をする。

「宰相閣下。ご覧の通りガルヴィン王子からたった今、婚約破棄を言い渡されました」
「なっ」

 一気に厳格だった宰相の顔色が真っ青になり、王子を睨んだ。

「王子、本当ですかな!?」
「あ、ああ。いつまでも伝統にこだわっていては――」
「我が国を滅ぼすおつもりか!」

 激高する宰相の言葉に王子を含め、その場にいた貴族たちの表情も凍りついた。並々ならぬ気配に周囲がざわめき始める。

「ど、どういうことだ。宰相」
「メアリー殿はナイトメア家の現当主であり、このロザラウルス国王と契約を結んだ女神の系譜に連なる尊きお方なのです。喪服や顔を見せないのは盟約によるものですし、婚約者というのもこの国の王位継承者の儀に女神の祝福として黄金の指輪を賜るための名目上であり、本来ならば我々が貶めていい存在ではないのですぞ!」
「なっ、馬鹿な……。そ、そんな話、一度だって聞いたこともな──」
「講義をさぼっていたからでしょう。少なくとも二百年前までは国民全員が知っていたけれど、ナイトメア家で代替わりをする度にこの手の話は少しずつ失われていった。王侯貴族では習慣や伝統として残ったけれど、それも形骸化してしまったわ。この間の花祭りや、収穫祭も元を正せば女神様の一族を労うためのものだったのに、それも忘れてしまうなんてね」

 私が転生したのは今から十年前。
 ずっと泣いていた小さな女の子(女神様)が私を呼んだことで、この体に憑依した。この国の人たちが大切だったのに、苦しくて、悲しくて、優しくて甘い魂が潰れそうだった。
 私と入れ替わる代わりに、女神様は眠りについた。
 そこで私は代替わりして行った女神様が、どのように扱われていたのかを知った。

 もともとこの国は砂漠の真ん中にあり、作物が育たない貧しいところだった。
 当時の王族は民を思い、厳しい環境であっても水と大地の恵みに感謝をして慎ましく生きていた。それを知って女神様は人の世界に降り立ち恩恵を与えた。

 最初は感謝され、崇められ、大事にされた。
 人の心に温もりを感じ、女神様はこの地に留まり──盟約を結んだ。
 人の笑顔が見たくて。大切だったから。
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