喪服令嬢は復讐劇の幕を開ける~バカ王子が盟約を破ったので遠慮無く滅ぼさせて頂きます~
激高する宰相の言葉に王子を含め、その場にいた貴族たちの表情も凍りついた。並々ならぬ気配に周囲がざわめき始める。
「ど、どういうことだ。宰相?」
「メアリー殿はナイトメア家の現当主であり、このロザラウルス国王と契約を結んだ女神の系譜に連なる尊きお方なのです。喪服や顔を見せないのは盟約によるものですし、婚約者というのも、この国の王位継承者の儀に女神の祝福として黄金の指輪を賜るための名目上であり、本来ならば我々が貶めていい存在ではないのですぞ!」
「なっ、馬鹿な……。そ、そんな話、一度だって聞いたこともな──」
「講義をさぼっていたからでしょう。少なくとも二百年前までは国民全員が知っていたけれど、ナイトメア家で代替わりをする度に、この手の話は少しずつ失われていったわ。王侯貴族では習慣や伝統として残ったけれど、それも形骸化してしまったの。この間の花祭りや、収穫祭も元を正せば女神様の一族を労うためのものだったのに、それも忘れてしまうなんてね。なんて愚かなのかしら」
「メアリー殿」
「……ああ、でも今考えれば、ナイトメア家を妬んだ貴族たちの情報操作によるものだったのでしょうね。その筆頭貴族が──宰相閣下の一族でもありましたわね」
「──っ」
私がこの体に憑依したのは、今から十年前。
ずっと泣いていた小さな女の子が私を呼んだことで、この体に憑依した。この国の人たちが大切だったのに、苦しくて、悲しくて、優しくて甘い魂が潰れそうだったから、別の世界から友達を呼ぼうとしたのだろう。でも正しくは女の子が願って生まれた疑似人格のようなものが私だ。
「もう一度、誰かと、楽しくお話したかったの」
「貴女の魂を呼んでごめんなさい。すぐに元の世界に戻すから──」
その申し出を断って、女の子が眠りにつくまで付き添った。彼女の悲しみと押し込めていた怒りは私の魂と交わり、私は女の子の一部となる。もっとも私は元々女神様の願いから生まれたようなものなのだが、本人は私が異世界転生した女の子だと思っている。それでもいい。
今まで代替わりしていった女神様が、どのように扱われていたを私はよく知っている。
もともとこの国は砂漠の真ん中にあり、作物が育たない貧しいところだった。
当時の王族は民を思い、厳しい環境であっても水と大地の恵みに感謝をして慎ましく生きていた。それを知って女神様は、人の世界に降り立ち恩恵を与えた。
最初は感謝され、崇められ、大事にされた。
人の心に温もりを感じ、女神様はこの地に留まり──盟約を結んだ。
人の笑顔が見たくて。大切だったから。
けれど特別なことが長く続けば、それは当たり前となり、感謝よりも、「もっと、もっと」と厚かましい願いが溢れ出す。
女神様は代替わりをして生まれ変わる。そのたびに王に力を与えるため、黄金の指輪を差し出していった。
忘れ去られてもなお、人を信じていた女神様。とても優しくて、温かで、争いや憎しみを嫌う。甘くて天真爛漫な私は女神様が大好きだった。
女神様は甘いものが好きで、猫舌で。
聡明で、気高くて、自分が損するよりも悲しむ顔が減ることを喜ばれる。壊れそうになっているサラティーローズ様を抱きしめてさし上げたかった。
私の中で酷く傷ついて弱っているサラティーローズ様は、自分が助かるよりもこの国の人を生かしたいと思ったのだろう。けれど、深い悲しみと怒りの側面を受け継いだ私はそれを望まない。
そんなことを許しはしない。
この国の人よりも、私はサラティーローズ様を生かす。再び目が覚めてこの器をお返しするまで、サラティーローズ様を苦しめる楔全てを私が叩き潰す。その時に私はサラティーローズ様に新しい道を指し示して眠るの。それは今までの悲しみや怒りを溜めたサラティーローズ様の、もう一つの意思でもあったから。ただ優しすぎるあの方は、決断できなかった。
でも私は違う。
「殿下、最後に一つ教えて差し上げましょう。大聖堂の鐘が三つ鳴るときは祝福ですが、四つ目は破滅の調べなのですよ」
「──ッ!」
「この国の成り立ちを、思いを、王族も貴族も忘れてしまうとはね。たかが五百年でこの体たらくとは、笑えないね。なあ、メアリー」
私の影から一人の男が突如姿を見せた。彼もまたこの土地に縛り付けられた不老不死の男だ。褐色の肌に、真っ白な長い髪、琥珀色の双眸、整った顔立ちに黒い燕尾服を着こなした眉目秀麗の男が私の隣に立った。
本来なら見惚れるほどの美男子だろうが、その男が背に黒いコウモリの羽根を生やした瞬間、周囲の貴族たちから悲鳴が上がった。
私の薔薇魔法に関してはまったく反応していなかったのに、彼の登場で事態は一変するなんて少し腹が立つ。私の苛立ちに反応して、影から漆黒の棘が生き物のように蠢き姿を見せる。それは群がる虫あるいは触手のようでダンスホールは一瞬で棘に囲まれ、逃げ惑う貴族たちの足や腕に絡みつく。
一瞬にしてホール内は、阿鼻叫喚の煉獄と化した。
悲鳴と、命乞いばかり。別に今すぐ殺すつもりはないのだけれど。
「今すぐ神官たちを呼び出し、鎮魂の儀を──」
「宰相、無駄ですよ。盟約が絶たれた今、これ以上は何をしても焼け石に水」
「メアリー殿、しかし」
「五百年という平穏を誰が維持してきたのか、その恩恵を忘れたものはみな同罪よ。私の元いた世界でも善き神が愛していた土地を追い出され、氏子と引き剥がされて閉じ込められ、封じられ名を上書きされ、奪われ、形骸化させられていた歴史を書物で何冊も読んだ。神の零落した姿を妖怪と称する人もいた。災厄をまき散らす側面を持って産み落とされた存在──私はお前たちにとってのソレだ」
「メア」
宰相は、漆黒の棘の波に呑まれて目の前から消えた。
彼も、その一族もまた政治的に女神様を利用し、形骸化させた一人だ。そう簡単には殺さない。
「ひっ、め、メアリー、は、こ、これは誤解だ!」
「そ、そ、そうです。女神様の系譜だったなんて、知らなかったのよ!」
馬鹿王子とジョアンナは抱き合いながら震えていた。さきほどまでの威勢はどこにいったのでしょう。
「私の元いた世界で好きな言葉がありましてね。『目には目を歯には歯を』と『やられたらやり返す、三倍返し』って言うんですけど」
「なッ……何をする気だ」
「わ、私だけは助けてください! お願いします。私は王族じゃないですし!」
「ジョアンナ! お前!」
「なによ、貴方が婚約者をないがしろにしたから──」