振り解いて、世界
「もう朝ぁ?」
「ううん、まだ夜の十時前」
「ふぁ、早いねぇ。スーツのままだしぃ、急いでたのぉ?」
「いろ巴、まだ起きてるかなって思ってすぐに帰ってきた」
「え〜なんてぇ?」
「なんでさっきから肝心なとこが聞こえねぇんだよ。こんなに酔っ払ってるいろ巴、初めて見た」
「なに笑ってんのよぅ、またばかにしてぇ」
「ばかにしてるつもりはないよ。面白いだけ」
「面白くないもぉん」
「ほら、立てる?」

 自分でも子どもみたいだと思いながら拗ねるわたしの目の前に、セレンがすらりとした手を差し出す。
 どうやらこのまま部屋に帰されるらしい。
 せっかく久しぶりに会えたのにもう寝ないといけないなんて嫌だ。
 わたしは何度も頭を横に振った。

「やだぁ、まだ飲むもん」
「今日はもうおしまい」

 ソファの下にだらりとぶら下がった腕を、セレンに優しく持ち上げられて手首をぎゅっと掴まれる。
 温かくて大きな手だ。
 そういえば、こうしてたまにセレンに触れられることはあったけど、わたしから触れたことはあまりなかったなと思い返す。

「セレン」
「ん、なに?」

 名前を呼ぶと、穏やかな返事が返ってくる。
 この落ち着きのある柔らかい声が好きだ。
 わたしの手首を握ったセレンの手に、自分の手を少しだけ重ねてみる。
 温かい――そう思ったのも束の間、すぐにセレンの手が離れていき、わたしの手の中は空っぽになった。

 やっぱりそうだ。
 いつもセレンはわたしから逃げて行って、ちゃんと捕まえられない。
 なにを考えているのか分からないし、聞いても上手く返事をはぐらかされたりして。
 六年近くもそばにいるのに、いまだにセレンのことをなにも知らない。
 知りたいのに、知らない。
 知りたくないこともあるのに、もっと知りたい。 
 
「どうしていつもわたしから逃げるの……?」
「逃げるって?」
「こうやってさぁ、わたしに触られるのも嫌がるじゃん。わたし、寂しかったよ。会えなくて寂しかったんだよぉ」

 そうだ。
 言葉にしてみて、初めて自覚する。
 この5日間、セレンに会えなくて寂しかった。

「だからぁ会えたの、嬉しかったのに。まだ部屋に帰りたくないよぉ、セレンと一緒にいたいの」

 セレンは一つ溜め息をつくと、ソファの背から離れて、ローテーブルとわたしが横になっているソファの間で立ち止まった。
< 37 / 114 >

この作品をシェア

pagetop