鬼の子




抱きしめる腕の力が弱まったと思った、次の瞬間には、目の前に綱くんの綺麗な顔があった。鼻と鼻が触れそうな、唇は触れない距離。

少し動けば肌が触れてしまうギリギリの距離で、私の耳にそっと触れる。


耳に触れた右手で、耳に掛けられていたマスク紐が外された。口元を覆っていたマスクが、私の口元から落ちていく。ここでようやく気付く。
———綱くんが私にキスをしようとしていることに。


焦りまくりな私は、剥き出しになった口元を慌てて両手で覆う。

「ちょ、と、待って」


動揺しながらも、急いで外されたマスク紐を両耳にかけて、口元を覆う。


「びっくり、した。マスクは外しちゃダメだよ」


本当に驚いた。まだ心臓がバクバクとうるさい。


「キスしようとした・・・だけなんだけど?」


「・・・なっ」


綱くんの瞳が儚げに揺れる。その瞳に思わず吸い込まれそうになる。



「病気に殺されるより、茜に殺されたい」


その瞳は真っ直ぐ私を見つめている。これが冗談ではないことが伝わってくる。



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