弊社の副社長に口説かれています
「世界の主要都市にも支社、支店があり、官公庁をも相手にして、受注件数も膨大だ。その仕事をライバル社にリークされたことで横取りなんかされたら、倒産に追い込まれる恐れがある。あるいは特定の固定的な思想の連中に利用されたり、乗っ取られるとかされて、世界及び社会情勢に多大なる影響があるかもしれない。その予防のために、ヤバいヤツは入社させないよう、しっかり調べ上げさせてもらってる」
「特定の?」
「まあ簡単に言えば、反社とかカルト集団とか偏った教義の宗教とかだな」

なるほどと陽葵は納得した。資金集めや布教活動に利用されかねないということか、なまじネームバリューがあるだけに、末吉の名を出されればそうとは知らず、あるいは疑わず加担してしまうかもしれない、それは怖いことだ。

「そういうヤツらは特にいわゆる『偏差値の高い大学』に通っている人間を餌食にすることが多い、だから陽葵みたいな子の場合は特に丁寧に調べてるんだわ」

それはどこまで……陽葵はごくりと息を呑んでいた。

「交友関係は狭く浅くで、親しい者はいたが恋人だった風ではない」

その『親しい者』はおそらく自分は恋人と思っていた人だと思ったが、あえて言わなかった。

「社内でも親しい男性はおらず、主に女性と仲がいい」
「……それは誰情報ですか」
「経理課の課長さん」

ああ、陽葵は納得した。確かに川口課長なら見ているだろう、三宅とばかりつるんでいることは百も承知だ。はっきりいえば、三宅は初めてできた『親しい友人』である。

「お父さんは公認会計士、だから経理課かな。再婚相手は専業主婦。再婚ということで、元の配偶者のことも調べてる。雑誌編集者で趣味の沖釣り中に事故死されてる」

継母の元夫のことなど陽葵も知らなかった、本当に調べているのだと驚いた、再婚であることすら履歴書には書いていないのだ。

「でも、陽葵がひどい虐待を受けていたとまでは、さすがにな」

何をどう調べたかは尚登にも判らない、家庭の事情までは調べないのだろう。ましてや陽葵は入社の面接の折には、わざわざ九州の学校へ行ったのは親から離れてでも勉強に打ち込みたかったなどと嘘をついている。ただ小さく首を横に振った。

「──当然、お父さんと妹さんの件も」

それはそうだろう──そんなこと、誰かに打ち明けることなどできずに悩んでいるのだ。

「昨日今日で陽葵が必死に連絡を取ろうとしてる相手もいないんだから、好きな人なんていないだろ」

直前までの静かな声とは裏腹に楽し気に言われて、陽葵は唇を噛みしめた。しっかり観察されているではないか。

「こ、心に秘めた人がいるんです……っ」

我ながらそんな馬鹿なと思いながら拳を握り言えば、尚登ははははと明るく笑った。

「その人ときちんと恋仲になれたら諦めてやろう。証拠にちゃんと連れて来いよ」

なんとも偉そうに言う、陽葵にそんな相手がいないことなど完全にお目通しだ。その時尚登のスマートフォンが軽快な音を立てて着信を知らせる。

「お、ラッキ、使っていいって。業者には明日頼むから待ってろって。搬入は、平日でも夕方以降ならいいな」

嬉しそうに言ってスマホを操作し、返信を打ち込む。

「え、ソファーが来るんですか……」

この部屋に置けるほどのサイズなのかと陽葵は心配になる。

「新居には新しいのを買えってよ。ベッドはもう買ったなんて言えねぇな」
「そういう事ではなくて……」

すぐに別れるのに、と思ったことは内緒だ。

「ところで、明日はスイーツバイキング、行くのか?」

尚登がスマートフォンに返信を打ち込みながら聞いた、陽葵は曖昧ながら否定の返事をする、三宅との約束は断っている。

「んじゃ、時間あるな。どっか美術館にでも行くか。行きたいとこは?」

はちきれんばかりの笑顔で言われ陽葵は頷いていた、行きたいところといわれ、陽葵はあっと思い出した。

「あの、美術館じゃないんですけど、行こうと思っていたところがありまして……」
「おお、どこどこ?」

嬉しそうな声に、自分との外出することを楽しみしてくれている判り陽葵は嬉しくなる。

「横浜駅近くのプラネタリウムなんですけど」

新しいプログラムが始まった情報は仕入れていた、時間ができたら行こうと思っていたのだ。

「お、いいね、プラネタリウム! 俺、ガキの頃に行ったきりだわ」

そう言ってスマートフォンでその場所を調べ始めた。出てきた施設の情報にいいねえと嬉しそうに声を上げる。
そんな様子に、陽葵も期待が増した。
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